水滸巡礼~108の足跡~童猛(どうもう)

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大河で暴れる蜃
童猛(どうもう)

ゆかりの地 江蘇省江陰市
あだ名 翻江蜃
職業 水軍頭領
宿星 地退星

江蘇省九江市出身。兄の童威(どうい)と2人で塩の販売で生計を立てていた。その後、兄貴分として慕っていた李俊が宋江を助け、彼に付き従う形で入山。水軍頭領を務め、王慶の戦いや方臘の戦いで活躍。最期は李俊とともに梁山泊を離脱し、暹羅国(シャム)に渡り、現地で暮らした。

長江を支配する兄弟の弟
新境地を求めて旅立つ

童猛は、潯陽江(現江蘇省九江市)出身の人。兄の童威(どうい)とともに掲陽嶺(現長江)で塩の密売をしていた。兄と同じく、泳ぎの達者な荒くれ者で、河をかき乱す龍を表す「翻江蜃(ほんこうしん)」のあだ名で呼ばれ、幅を利かせていた。

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中国一裕福な村といわれる華西村(かせいそん)。村創立35周年に当たる1996年に金塔が建設された

ある日童猛は、李俊らとともに、地元の居酒屋に飲みに行った。店は巷では有名な強盗居酒屋。彼らが入ると、1人の男が倒れていた。男は罪人としてここに流されていた宋江。痺れ薬を飲まされ、殺されようとしていたのだ。宋江と顔見知りだった李俊はすぐに宋江に解毒剤を飲ませ、事なきを得た。童猛らは、普段李俊から宋江の豪傑ぶりを聞かされており、彼を歓待。そして、次の流刑地・江州に向かう宋江を送り出したのだった。

ところが、宋江は江州で叛乱罪に問われ、死刑を宣告される。知らせを聞いた童猛らは、すぐに助けに行き、まさしく暴れ狂う龍のように激しく敵兵と戦い、辺りは大混乱。そしてようやく宋江を救い出すと、李俊に従い、仲間入りした。

入山後は、兄とともに泳ぎの力を活かし、水軍で活躍。宋の高俅(こうきゅう)が船で攻め寄せてきた時は、水中に潜って敵船に乗り込み、敵将の生け捕りに成功。常に兄と行動し、どちらかが危機に陥った時は必ず助け合った。しかし、その後、童猛らは梁山泊の今後に不安を持ち、李俊とともに山塞を離れた。海を渡り、そのまま異国で役人生活を過ごしたという。

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悟空寺。江陰市悟空村に位置し、梁代(502~552年)に建立された。2003年の発掘調査で、古代貨幣や宝物が発見された

童猛らが王慶の戦いで戦った江蘇省江陰市。2500年の歴史を持ち、明代の地理学者・徐霞客(じょかきゃく)の故郷として知られる。毎年端午節にはドラゴンボートの大会が開催されて賑わう。童威らもかつて、龍と化した水軍として、この地で暴れていたことだろう。

【アクセス】
上海長距離バスターミナルから江陰市まで長距離バスで約2時間半、61元

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~上海ジャピオン2014年3月28日号

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