上海ジャピオンの特集 記事

上海老字号

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創業100年の小吃

「南翔」といえば、上海に住む人なら誰でも目にしたことがあるのではないだろうか。創業は1900年と古く、豫園内のあの点心店が第1号だ。当初は「長興楼」といい、「南翔饅頭店」、「南翔小籠店」へと変遷。現在は全国に500店近くの加盟店を持つ一大チェーンにまで成長した。

「南翔小籠包」は皮が薄く、餡と肉汁がいっぱいに詰まっているとして、いくつもの賞を受賞。すっかり上海名物として根付いている。

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復活した洋菓子店

1937年、2人のロシア人が開いた洋菓子店。戦後、2人が帰国すると、西洋由来の風味を残しつつ、中国人の好みも取り入れ、上海固有の〝西洋菓子店〟を確立。70~80年代に絶頂期を迎え、連日長蛇の列を作った。

93年に外資との合弁会社を設立、チェーン展開を進めるも管理体制が整わず、2002年、淮海中路から撤退。これには多くの上海人が衝撃を覚えた。しかし今年、12年の歳月を経て再び淮海路に復活。昔ながらの店内製造販売を維持しつつ、イートインスペースも導入。守るもの、変えるものを選びながら、再び攻勢に出ている。

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昔ながらの中国菓子

白いウサギのキャンディーでお馴染みの「冠生園」。来年で創立100年だ。飴などの菓子類やハチミツ、酒、健康食品など20種近くを製造している。

創業者は、広東省出身の洗冠生。弱冠16歳だった彼は、ハチミツやドライフルーツの販売から始め、1923年に株式会社を組織、月餅やジャムに手を広げていく。順調に経営規模を拡大し、33年には日本を訪れている。そして59年、例のウサギミルクキャンディーが大ヒット、老舗ブランドとして名を馳せた。

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ウール製品の大企業

中国最大の服飾メーカーの1つ。ウールの年間使用量は1万㌧を超え、中国国内の23%を占める。世界中の羊の10頭に1頭の羊毛を使用している計算だ。全国に100軒以上の小売店を有し、ネットでもしばしば広告を見かける。

セーターやコートなど冬物衣類はもちろん、Tシャツやカーディガン、ニット帽など、春秋ファッションアイテムも多数生産。一段と気温の下がる今日この頃、そろそろ毛糸が恋しくなってくるのではないだろうか?

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宝石店から眼鏡店へ

創立は1927年だが、その歴史を振り返ると、創立者である呉良材が1719年に立ち上げた宝飾品店「澄明斎珠宝玉器店」に辿り着く。後に水晶やサングラスを扱うようになり、1927年、メガネ専門店「呉良材眼鏡店」を設立。47年には南京にも支店を設けている。

また、上海で初めてコンタクトレンズの製造技術を確立した。ほかにも、飛行士用の防風ゴーグルやUVカット機能付きレンズなど、メガネ類に関するあらゆる技術に精通する。

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80年の歴史を歩む靴

運動靴を中心に製造販売する「回力」。初めはゴムを製造するメーカーとして成立、1935年からロゴに靴の絵柄が加わり、56年にゴム部門を分離。正式に「上海回力鞋業有限公司」の名前が使われるようになった。

一旦はブランドとしての成長基盤を失うが、緩やかな発展を続ける。70年代末、多くの企業が次々と上海から撤退していく中、運動靴という庶民のアイテムが粘り強さを生み、同社はついに生き残る。様々な時代を歩んできたその足を守っていたのは、この靴かもしれない。

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書籍から事務用品まで

書籍扱って100年以上になる「上海百新文化用品公司」。1930年代には、『学生字典』や『模範作文選』などの書籍が大ヒットし、書店としてその名を広く轟かせた。それまでは書籍の販売が主な業務だったが、50年代以降、ペンやノートなどの文房具の取り扱いを開始。80年代にはパソコンやプリンター、帳簿、学生用品などにも手を広げ、現在では2000種以上の商品を販売し「事務用品の万華鏡」と呼ばれている。

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南京西路の目印

同社はショッピングモールなどのテナントの提供を行っており、1985年、人民広場近くに「新世界百科商城」をオープンしたことで知られる。88年には南京路で最初の株式会社に成長し、92年の現代企業制度改善、93年の南京西路の大規模改修工事に伴い大きく成長。上海で最も早い上場企業の1つとなり、この時から中国のトップ商社に名を連ねるようになった。

今も昔も南京西路のランドマークとして親しまれている。

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こだわりの書道用具

300年以上の歴史を有するこちらのブランドは、清朝に筆を製作していた「老周虎臣」と、墨の工場であった「曹素功」が合併したもの。特に筆は清代より市民の絶大な支持を得、当代の書道家・李瑞清をもって「海上制筆者、無逾周虎臣(この世で周虎臣に勝るものはない)」言わしめたほど。同じく「曹素功」は、日本でも書道を嗜む人は目にする代表的な墨ブランドだ。創業時は、墨質の維持向上のため1店舗を堅持していたが、乾隆時代後期に、3店舗へと広げ、1960年代に同業者の胡開文とともに「上海墨廠」として再編成した。長年愛され続けているのが高品質の証拠。

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南に雷允上あり

同社は、蘇州一帯の医学流派「呉門医派」の流れを汲む漢方の企業。同流派は今から250年以上前に蘇州で生まれ、1734年、名医・雷大昇が始めた薬局「雷允上誦芬堂」から「雷允上」を取って1860年に上海で設立した。1920~30年代には、当時の政治家や著名人も雷允上の製品を服用し、その効果から、北京の老舗漢方店「同仁堂」と合わせて、「北有同仁堂,南有雷允上(北に同仁堂、南に雷允上あり)」と称賛された。代表薬品の1つ「六神丸」は多くの市民に愛用されている。

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象と白鳥の電池

90年以上の歴史を誇る電池の製造販売会社。買い物のついでに、そういえば電池がないなとレジの横に目を向けると目につくのが白い象のマーク。

元々「白象」と「天鵝」は別の電池製造工場だったが、1999年、経営不振により1度破産している。しかし、両者が合併して「上海白象天鵝電池有限公司」を設立。上海市内に生産ラインを持つ強みに加え、海外から技術を導入し、100種類以上の商品を取り扱う。最近では、蓄電池の分野で成果を挙げている。どんなに生活が便利になっても、まだまだ欠かせない電池。今後も、市民の身近な老字号として発展し続けるだろう。

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古都・七宝の楽器

上海の民族楽器歴史は清代までさかのぼる。その中で、同ブランドは1000年の歴史を誇る水郷・七宝に製作所を持つ。

1000人を超える専門の製造技師が、二胡や琵琶、筝など、中国の伝統的な民族楽器を一つひとつ手作業で制作。昔から変わらぬ製法、変わらぬ音で、市民に親しまれている。

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美容の最先端をひた走る

同社はネイルやまつ毛エクステ、ヘアサロンなどから整形まで、美容の幅広い分野を手掛けるブランド。創立当初は「麗美理髪所」という名称だったが、2005年に現在の名称に更新。

また、同社のブランド名は中国国内に止まらず、東南アジアでも広く知られている。1960~70年代にかけて、ほとんどの理髪店がパーマを断念する中、上海で唯一パーマの技術を維持し、90年代には周囲に先駆けてヘアカラーを開始。2001年には中国国内の美容院のベスト10にランクインしている。

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宝飾品販売の最古参

豫園に本店を持つ老舗宝石店。眩しく輝く金色で書かれた店名の看板が印象的だ。

1906年に成立したこちらの会社は、もともと工芸品を専門に販売。その後、金銀を使った装飾品の販売が国内で可能になり、上海で最初に金銀の宝飾品を販売した会社として一大ブランドに成長。今では、市内のあちこちに支店を構え、女優スン・リー(孫麗)をイメージキャラクターに使用するなど、勢いは衰えることを知らない。

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専門用から家庭用まで

バスケットボールの試合や水泳のタイムアタックなど、あらゆるスポーツの分野で活躍するストップウォッチ。

半世紀の間、「上海星鑽秒表有限公司」では、1980年代に液晶を使った製品を開発。デジタル式やアナログ式、さびにくいステンレス製、衝撃に強いゴム製など、使用場面に合わせて様々なタイプを用意。2003年には「ISO(国際標準化機構)」に品質の高さを認められた。

~上海ジャピオン2014年12月5日号

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