小小説 第17話 隙~明日何を着るか~

「ばか、今は何月だと思っているの。まだ長袖シャツを着ているなんて…」

 久しぶりに南京から僕のアパートを訪れた母さんが、僕に会ったとたんに言い出した話がこれだ。

「どちら様が6月に長袖を着てはいけないと、お決めになったのか。

僕は二百五(※中国語で「ばか」)じゃない」

「もう、二百四十九よ。天気と季節によって、適当な服を選ぶのは常識でしょ。窓を開けて外を見てよ。

ほとんどTシャツや短パンでしょう。あなたのように長ズボンと長袖シャツの人なんているもんですか」

「適当かどうかは人によって標準がそれぞれ違うよ」

「日頃日本人のように集団意識を大切にすべきだとか、周りの人と違うことをするのは避けるとか言っているのに、みんながTシャツを着ている時、長袖シャツを着て出かけるのは変だと思われないっていうの?」

「日本の礼儀作法を勉強したいからこそ、毎日シャツを着ているのだ。知らないの?

?以前、日本のサラリーマンは夏でもネクタイを締めて通勤しなければならなかった。

最近クールビズのおかげで背広とネクタイはなくてもいいけど、長袖シャツと長ズボンは相変わらず必要だ」

「でも、あなたはまだ学生じゃないの。就職する前は気ままな格好でも構わないでしょう。

Tシャツと短パンが何本も衣装ダンスで眠っているのに…」

「まだ就職していないからこそ、さまざまな細部に気を遣っているんだよ。

僕は日系会社に行くつもりだから、色んな習慣を前もって身につけておかなければと思う」

「面接もまだなのに、もう採用されたみたいな言い方ね」

「転ばぬ先の杖だよ。

日頃、自由自在に暮らすのに慣れてしまったら、突然会社なんかの緊張する環境に入った時、対応できないのではないかと心配している。

なにしろ、習慣とは二、三日で変えられるものじゃない。

先生も時々僕達に教えてくれたように、言語はただ交流の道具にすぎない。

より順調に外国人との交流を進めたければ、相手の習慣を勉強することも必要だって」

僕はその点に賛成だ。

「立派な話だけど、日系会社でも中国の会社でも、社員を評価する目安は仕事能力と業績でしょう。

採用担当者はあなたのシャツを見て採用を決めるのかしら?」

「業績がよいかどうかは仕事能力の問題だが、規範的な衣装を着るかどうかは仕事態度の問題だよ」

「勝手にしなさい! 暑さを我慢するのはあなたよ」

母さんはとうとう妥協し、身を返して台所に入った。

 実は母さんが僕の行為を納得できないのも無理はない。

確かに、多くの中国人は日本人ほど職場の衣装に注意しない。

母さんどころか、サラリーマンでさえ、服に気を遣わない人も少なくない。

実際、僕も貿易会社で実習していた時、日本からの取引先と交渉する席に一体何を着たらいいかと、迷ったことがある。

もちろん、日本からのお客さんを接待するなら、背広が当たり前の選択だと思われる。

しかし、僕の上役は日頃革ジャンだ。

もし、新米の僕が背広で、上役が革ジャンにジーンズなる装いだったら、僕の方がTPOを心得ない人間ではないのか?

?結局、僕はジャケットを着ながら、背広を袋に入れて持って行くことにしたのだ。

 こうした類の困惑は、まだ大いにあるのだ。

特に日本語を学んでいる中国人は、日本人の文化と習慣を勉強すると共に、周りの人の変な目つきに耐えている。

つの文化の隙間に生きるのは気楽なことじゃない。

?

作者:ちょうてつ

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?~上海ジャピオン5月15日号より

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