上海ジャピオンの特集 記事

考える男マートンと和製中国語

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日本語から積極的に輸入

古代、日本は中国から漢字を輸入したが、近代では逆に、日本から中国に言葉が輸出されていたとは知らなかった。なんと、自然科学分野における専門用語の7割近くが日本語由来だそうだ。「哲学」は、日本の哲学者、西周(にし・あまね)が生み出した造語。哲学、それは私にとって永遠のテーマ…。その事実を知らなかったとは、勉強不足だったようだ…。

何っ!「経済」も元は日本語なのか。いや待てよ、これは中国古典の語「経世済民(世を治め、人々の苦しみを救う意)」に基づき造られたと書かれている。なるほど、日本人が造り出した言葉でも、元を辿れば古代中国語や中国古典に行き着くとは興味深い。ちなみに「フィロソフィー」や「エコノミー」は当初、中国で「理学」や「計学」と訳され、一時期は日中それぞれの訳語が共存していたが、やがて中国語の方は使われなくなったそうだ。

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生活関連用語も日本から

日常生活でよく使う単語も日本由来のものが多いのだな。「電話」は「テレフォン」を訳した日本語だが、中国では当初「徳律風(デェリューフォン)」と、原語の音に漢字を当てはめた中国語も使われていたそうだ。また「流行」は古代中国語にあった言葉で、『孟子』において「水の流れ行くように遠くまで波及する」とあったのを日本人が参考にし、現代のように「(あるものが)社会に普及している」という意味で使うようになったと言う。

「椅子」もまた日本人が生み出した言葉。近代、西洋の思想や生活様式が日本や中国に輸入されたと同時に、それらの翻訳語が雨後の筍のように生み出され、選別されていった。ちなみに「便座」は中国語で「馬桶」と書く。あらゆる日本語が輸入されたわけではなく、一度輸入された後に淘汰されることもあったようだ。

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中国語そのものにも変化

明治初期、日本語の文語体は、江戸時代の〝べらんめえ口調〟から大きく変化したのは知っていた。それは、西洋から新たな概念が輸入され、漢語をベースにした翻訳語が数多く生み出されていたからだ。一方中国においては、日本から翻訳語を取り入れていくに連れ、中国語の表現方法にも変化が生じたとは驚きだ。「○○化」や「○○力」のように、ある言葉に接辞成分を付けるという表現が中国語にも応用されたのだ。

ほほう、「主観」や「客観」もまた、西周が考えた翻訳語とは。彼は哲学者として思索のみに非ず、翻訳者としても秀でており、尊敬に値する。そして「宏観」(マクロ)や「微観」(ミクロ)が〝~観〟という表現方法を適用した新しい中国語というわけだ。また接尾語とは異なるが、日本語の助詞を訳すために「基於」(~に基づいて)や「対於」(~に対して)といった表現も生まれたそうだ。

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ネットスラングの中国語

現代中国では「現充」(リア充)のように日本のネットスラングを中国語に訳したものや「卡哇伊」(かわいい)など日本語の音に中国語の音を当てはめた言葉が、ネットスラングとしてSNS上で飛び交っているようだ。「現充」と書いて「リア充」か。そもそも〝リアル、現実が充実〟しているとはどういう意味なのか。私にはさっぱりの世界だ…。

それに「桑」と書いて「さん」、「醤」で「ちゃん」だと。音は原語と似ているかもしれないが、意味は全然違うではないか…! さらに「阿姨洗鉄路」(愛している)は、日本語に直訳すると「おばさんが線路を洗う」と、文字からは愛がまったく読み取れないぞ。

どうやら、私はまだまだ思索を続けていく必要があったようだ。それではまた、哲学の旅に出るとしよう。

 

~上海ジャピオン2016年11月18日号

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