小小説 第2話 巻貝と烏貝①

 静かな海の中、珊瑚の林やら昆布の森やらの間で、ひとつの巻貝は姿を鏡に映して顔づくりをしていた。
「わたしは海の中で一番美人だわ」
と言い、何度も鏡で自らの美しい姿を楽しんでいた。
「毎日何回鏡に映してもなかなか飽きないわね。
世の中にわたしより美しいものないのかもしれない」
 確かに、彼女はだいぶきれいだ。ピンクの体にゴールドの模様を着飾って、ぐるぐる回る体はまるで角笛のようで、やさしい月の光に当たると、えも言わせぬ美しい姿になる。
「さすがに巻貝ちゃん、世の中であなたほど美しい人はいないよ」
魚たちがすいすいと泳いできて、うっとりと見ては、舌をまいた。
「どうも」
 巻貝は生まれてからそのように褒められてばかりいたので、もう聞き飽きたらしい。
「ところで、最近おかしな奴が現れたそうだよ」
と、1匹のタイが言った。
「本当に? どんな奴? そいつは美しいの? わたしより美しいの?」
巻貝は、誰かが自分より美しいかどうかにのみ関心がある。
「美しいものか。姿はというと、色といい、形といい、巻貝ちゃんの相手にならないさ」
と、タイが答えた。
「そうとも。姿だけでなく性格も風変わりだ。めったに話をしなくて、いつも黙っている。変な奴だよ」
と、1匹のヒラメが口を出した。
「そして、そいつは巻貝ちゃんの美しさに興味がないらしい。さらに、それは大したものではない、とまで言ったとか。本当に許せない奴だね」
と、ヒラメはそう続けた。
「なに!?」
巻貝は自分の耳が信じられなかった。
「そんな鼻の高い奴がいるなんて!」
自分の美しさが無視されたことが、巻貝にはとうてい我慢がならない。特に醜い奴に見下げられるのは、恥ずかしくてたまらないと思っている。
「そいつの名は何ていうの? 今どこにいるの?」
「烏貝というそうだ。さっき、海苔の谷でみかけたよ…」
と、隣のタコが答えた。
 巻貝はさっそく烏貝を探しに出掛けることにした。
出発する前に、何気なくもう1度鏡に自分を映した。
「烏貝か、待ってちょうだい。
ぜひおまえに私の美しさを見せてやろう!
私と美しさを比べたいなんて、まだ100年早い!」
そう言うとともに、自分の海馬に飛び乗り、海苔の谷へ走っていった――。

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