小小説 第22話 夢のない夜

先日、大学時代の友達の胡さんが出張で上海に来た。
 一見して、胡さんは大学の頃より、大人っぽくなったと感じた。
「今の私はかわいそうだよ。毎日、上役とお客様たちの顔色を見ながら暮らしている」。
彼は一本の煙草をつけて、そう言った。
 胡さんは昔は煙草を吸わなかったと記憶しているが、今ライターを使う手つきから見ると、もう「煙突」になってしまったようだ。
彼の話によると、それも仕方がないことで、特に男性のセールスマンにとって、煙草やお酒は交際に欠かせない道具だという。
 彼の就職体験を聞き、私も心から同感した。
 確かに学校にも苦労やストレスがあったが、会社のストレスと比べると全然違うと思う。
勉強中のミスがあると、先生は辛抱強く優しく指導してくれるが、仕事中のミスがあれば、上役とお客様はそんなに寛容ではない。
叱られるのは日常茶飯事だ。時には、不満も怒りも疲労感も我慢し、無理に笑顔を作るしかない。
世の中セールスマンの顔の筋肉が一番発達するはずだろうと思う。
 「顔の筋肉とは別に、セールスマンになろうと思えば、かたい鼻も必要だ」と胡さんは言う。
「セールスマンは商品を売り込むために毎日出かけて、足が棒になるほど扉を叩いたり、手を替え品を替え攻め続けるもんなんだよ。
だけどね、百戸に九十九戸はまるで五月蝿を掃うように、ドンと扉を思い切り閉じられちゃうんだよ。
どんなにかたい鼻でも何度も扉にぶつかっているうちに潰れるかもしれない。だから、鼻の保険に入ったほうがいいぜ」。
その話が終わると、二人とも思わず笑い出した。
 確かに学校にいる間は、成績がよいかどうかと心配するのは自分だけのことで、クラスメートとの関係はなく、それぞれの進路のために努力してきた。
でも、会社に入ると、仕事の業績は個人のことでなく会社と同僚らとの緊密な関係があるので、ミスを起こせば、他人の邪魔をすることにもなり大変な罪悪感があるはずだ。
 晩ご飯が終わったあとも、2人でしゃべり続け、何時間も過ごしてしまった。
帰り際、私が彼をバス停まで見送った時、彼はふとこう聞いた。
 「君、将来何か夢があるかい」
 「あの…別に…」
 突然聞かれて、私は咄嗟に何と言えばいいだろうかわからなかった。
 「君、将来何か夢があるかい?」。
こんなに簡単な質問が、いつの間にか答えるのが難しいと感じるようになってしまった。
幼稚園時代から何度も聞かれた質問だ。その時は、「科学者」とか「魚が好きなのでダイバー」とか思い思い自らの理想や夢を持ち語っていた。
 だが、年を取るにつれて、子供のころのように考える勇気がなくなっていた。
その代わりに、「卒業したあと、××会社に行くつもり」とか、「これから十年の間、お金をためて家を買うつもり」とか、かなり現実的な答えになってしまう。
私も同じだと思う。
 堅実だとか、現実的だとか、悪いことだとはいえないのかもしれない。
逆に、欠かせないことだ。でも、夢を持つ勇気と力を失うのは残念なことも確かだ。
夢と理想を持つのはエネルギーが要るので、大人社会に入ると、多くの大人の問題に直面し、力を使い果たすのかもしれない。
夢を持つゆとりがなくなってしまうのだ。
 胡さんと別れて家路に向かった。
深夜の街には人がほとんどいない、私は一人でこの夢のない夜を歩いて、明日を捜してた。

作者:ちょうてつ

~上海ジャピオン6月19日号より

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