ふたりで泰康路~田子坊~②

第四章

ふたりで手作り

 さあ、今日のデートもいよいよ終わりに近づいたものの、最後に大きな楽しみがひかえている。チョコレート作りだ。夜の田子坊を勧めてくれた友人が、夕食の後にでもって、教えてくれたのだ。だから1~2時間のチョコレート作りのコースを昨日予約しておいた。それが7時から始まるのだ。甘いもの好きな夫も、楽しみにしていた。
 「DIY巧克力」というその小さなチョコレート屋さんに入ると、ふたりの女性が一からチョコレート作りを教えてくれる。チョコを選んで、切って、溶かして、また冷やして、溶かして…。
 作業しながら、お店の彼女たちとの会話も弾んだ。中国人らしい陽気な本音トークで、それを夫から訳してもらうたびに私は大笑い。中国人の打ち解けやすさや人懐っこさを実感し、また少し中国への理解が深まった気がした。

 そうこうしているうちに、あっという間に2時間近くが経ち、チョコが完成した。まだ少し柔らかくて、口に入れるとすぐにとろけるその食感が、いかにも手作りという感じでうれしくなった。
「謝謝、再見!」
 そう手を振ってふたりで店を出るとすでに9時。田子坊は明日に向けて眠りにつき始めていた。
 ユウのダウンのポケットに一緒に手を入れて、ライトに照らされた細い通りを出口に向かって歩いていると、まだ結婚前、日本でデートしていた日々を思い出す。やっぱりこういうひと時は幸せだな、と思いつつ、隣の夫の顔を覗くと、何かを考えている様子。するとこっちを向いてつぶやいた。

第五章

ふたりから3人へ

「名前、考えないとな…。中国語で読んでもきれいなのがいいな」
 そうだ、来年は3人になるのだ。私はこの田子坊の人々の温かな雰囲気を思い出しながら、今度3人で来ることを想像し、まだほとんど何も感じられないお腹をさすった。
 するとユウは、今度は少し真剣な顔で迫ってくる。
「なんか感じるのか?」
 私は小さく笑った。そしてふたり並んで、夕方くぐった門から出て、いつもの上海らしい世界へと戻っていった。

アート街「田子坊」とは?


 泰康路・田子坊が、アートと関わりを持ち出したのは、1930年にまで遡る。そのころ、画家の汪亜塵とその夫人栄君がこの地にやってきて、上海新華芸術専科学校と「力社」という芸術家協会を作ったのが始まりとなった。
が、現在の状態に向けて開発が始まったのは、それから70年も経った2000年のこと。そして03年から、アートや雑貨を扱うお店や、デザイン、建築、広告関係の会社が開かれ始めた。当初70ほどだった店舗・会社もいまでは137にまで増えた。外国人経営のものが全体の30%ほどを占め、日本人の会社も少なくない。
ちなみに、「田子坊」とは、古代中国の画家の名前。泰康路を上海のアーティストたちの拠点とすべく、99年にそう名づけられた。
様々な制作体験が楽しめるのも田子坊の魅力だ。本文で紹介したチョコ作りだけでなく、中国の少数民族であるミャオ族の刺繍教室、器を作れる陶芸教室などもある。
見て、感じて、体験するアートな一日を満喫あれ!

~上海ジャピオン3月23日発行号より

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