山に登りて思いを馳せる
異国にありて遠き故郷
「私は、異郷にてたったひとりだ。
祝日を迎えるたびに、いつもよりずっと両親が懐かしまれる。
兄弟たちは、(重陽節の慣わしどおり)今頃山に登っているのだろうか。
茱萸(グミ)をつける家族は、1人少ないけれど」。
唐代の偉大な詩人・王維が詠んだこの歌は、重陽節を代表する一作だ。
故郷から遠く離れた地で、親類縁者を思って詠まれた内容は、
王維と同じく故郷から遠く離れた地で奮闘する日本人も感じ入るところがあるだろう。
?? 中国では、重陽節に、茱萸(グミ)を携えて高いところに登り菊花酒を飲むと、
邪気を祓えるという言い伝えがある。
ただし、最近では、「邪気を祓いに」というよりも、空高く清清しい秋に合わせて、
健康の目的で山歩きに出る人のほうが多いという。
その目的地として人気の山のひとつが、市南西部に位置する「?山」だ。
上海で最も高い山〝?山〟
重陽節は家族で山歩き
「?山」は標高99㍍。
100㍍にも満たない高さながら、上海では最も高い山である。
大小約13の丘陵からなるこの一帯は、上海最大級の森林公園「?山国家森林公園」として保護されている。
重陽節には秋の空気を求めて訪れる市民も多い。
?山には大きく、「東?山」と「西?山」がある。
「東?山」の方は、昨年より無料開放となった。
「西?山」は入場料30元(2010年3月まで、一部工事中のため28元)。
海抜99㍍の碑があるのは、「西?山」の方だ。
どちらもまっすぐに登れば登頂まで30分もかからない。
今回は、2つの山の頂を目指すコースを体験してきた。
ここまでのアクセスは、以前はバスかタクシーのみだったが、
2008年に軌道交通9号線が開通し、電車で直接行けるようになった。
市中心部からは、9号線「宜山路」駅から向かう。
電車に揺られること約30分。
途中、地下から地上に出る。
そこには急ピッチで開発される別荘群がお目見えした。
秋色に色づいた田園風景を走り抜けると、「?山」駅に到着だ。
自然派施設が充実
東の?山を登る
「?山」駅からタクシーで13元。東?山の入口に到着する。
訪れた日は国慶節中であったため、子どもからお年寄りまで一家総出の家族連れや、
若者のグループ、老夫婦など、いろんな人が、森林浴に訪れ賑わいを見せていた。
東?山の石造りの大きな正門をくぐると、その先に石段が現れる。
頂上まで続くこの石段が、東?山のメインルートだ。
石段は、全部で366段。
よく整備されていて、なかなかに歩きやすい。
中には、ハイヒールで上っている人もいたが、西と合わせてふた山登るとなれば、
やはり履きなれた運動靴がベターだ。
石段をふもとから一段一段踏みしめ登る。
山道の両脇からは、樹々が競うように覆いあっている。
そのため、石段には自然影が落ち、帽子がなくとも直射日光にさらされることなく、
森林浴を満喫できる。
木漏れ日の中を進んでいくと、中腹あたりで見晴台があった。
中国風のこぶりの庵が設けられている。
お弁当持参組の人たちは、ここで休息をとっていた。
石のテーブルや椅子も設置されているが、
利用する場合にはレジャーシートなどがあると便利かもしれない。
さらに、上へ上へと向かう。
たかだか100㍍にも満たない山、とたかをくくっていたが、
普段運動をしない身には、いささかつらく、息が上がってしまう。
膝が笑い出した頃、足元でふと、石段が終わった。
頂上だ。
頂上は小さな広場となっていた。
中央には、「許願樹」と呼ばれる木がある。
願い事を書いた短冊のような赤い布が吊るされている。
「家族みんな幸せでありますように」。
そんな願いが多く見られた。
なお、ここには七重の塔があり、さらに上へ登ることもできる。
料金は1人5元だ。
東?山のカフェで一息
西?山の頂を目指して
東?山の頂上には、洒落たカフェもある。
「森林珈琲」という名のそこにはテラス席もあり、山頂からふもとを望んで一息つける貴重なスポットだ。
ポテトやホットドッグなどの軽食のほか、簡単なご飯も食べられコーヒーも飲める。
ここで一休みした後、別ルートで一旦下山。
今度は西の頂を再び目指す。
下山すると、西?山正門の真向かいに出る。
今度は入口で入場料28元(通常は30元、2010年3月まで一部工事のため割引)を支払い登頂スタート。
こちらの山道は、東?山と違って石畳となっている。
足の裏にあたる、ゴツゴツとした感覚が心地よい。
山道を、一路頂を目指し歩く。
心なしか、東?山よりも西?山の方が、日本の里山のような雰囲気がある。
石畳の合間合間にころころと落ちているどんぐり。
秋の日に照らされ、黄金色に輝くねこじゃらし。
日本の田舎で、農道に咲いているような名もない野花が、脇にひっそりと咲いている。
足元や眼前に広がる秋を眺めながら行くと、開けた場所に出た。
西?山の頂上には、中国最古の天文台と天文博物館があり、この2つも、もう頭のすぐ上。
ここから頂上まではまもなくだ。
上を向いて歩いていくと、2つの建物が現れる。
ひとつは、ヨーロッパ風に作られた石造りの教会。
もうひとつが白壁をドームのように形作った天文博物館だ。
「海抜99米」。
上海一の標高をあらわすこの石碑は誇らしげに、2つの建物の間にずっしりと鎮座していた。
天文博物館に入り、階段を上って見晴台に抜ける。
秋風が、少し強く吹きぬけるその場所からは、遥か遠くまで上海の街を見渡すことができる。
菊花酒もグミの枝も手元にはないが、王維のように故郷を思う気持ちは、強くこみ上げてきた。
見所豊富な西?山
天文台に教会も
?山国家森林公園の西?山は、自然以外にも見所が多いことで知られている。
中でも特に有名なのは、西?山頂上に位置する「?山天文博物館」だ。
2005年1月にオープンしたこの博物館。
メインは中国最古の天文台だ。
現役は退いたものの、今なお残る40㌢口径の屈折望遠鏡は、
設置当時、東アジア最大の望遠鏡として注目を集めていた。
約100年もの間、天文学者たちの瞳を捉えてきたこの望遠鏡は、
その役目を終えた今でも、?山天文台のシンボルだ。
天文博物館にはこのほかに、「時間と人類の館」、「歴史館」、
「子午儀観測室」、望遠鏡の歴史館、天文図書館などが設置されている。
天井には、星座をモチーフにした時計。
天体と自分の体重を比べる機械など、見るだけでなく、体験して楽しめる内容となっている。
また、19世紀後期に建てられた建物も魅力のひとつ。
階段やテラス、窓にフランス式建築の特徴を見て取ることができるだろう。
なお、山頂には、ステンドグラスの美しい教会もあるが、
残念ながら2010年3月まで改修のため入ることはできない。
赤褐色のレンガ造りの壁に、緑の尖塔。建物の美しさだけでも、一見の価値ありだ。
さらに、山の中腹には修道院もある。
歩いていると、時にピアノを練習する音が耳に届く。
歩き疲れた身体を、優しい音色が癒してくれるだろう。
上海最古の七重の塔
いずれは温泉も
こうした西洋建築以外にも、見所はある。
そのひとつが、上海最古と言われる七重の塔。
塔の上まで登ることもできるため、訪問者の多くが塔のてっぺんまで登っていく。
愛嬌たっぷりの笑顔をたたえた狛犬も、一緒に出迎えてくれる。
また、上海唯一という茶畑に、今年3月には、温泉が湧いたというニュースも。
上海市内の癒しスポット「?山」へ、重陽節に合わせて、出かけてみてはいかがだろう。
《重陽節の由来》
旧暦9月9日にあたる重陽節は、最大の吉数とされる「9」が重なる日で、
古来より重視されてきた節句のひとつだ。
節句の由来として、こんな話がある。
時の桓景という人物が、師事していた道士から、
「9月9日、お前の家で災いが起こる。
その日には、家族みんなで茱萸の実を携えて高いところへ登り、菊花酒を飲みなさい。
そうすれば、災いは免れるだろう」。
言うとおりにした桓景が、山登りから家へ帰ってみると、家畜が全て流行り病で死んでいた。
山へ行かなかったなら、桓景家族も亡き者となっていたに違いない、
そうした話が広がり、重陽節は高いところへ登る、という慣わしが生まれた。
~上海ジャピオン10月16日号より