百発百中の投槍
李袞(りこん)
ゆかりの地 江蘇省徐州市邳州市
あだ名 飛天大聖
職業 歩兵軍将校
宿星 地走星
江蘇省徐州市邳州市出身。芒碭山(ぼうとうざん)の山賊の一味で、第1頭領の樊瑞(はんずい)らとともに辺りを支配していた。梁山泊との戦に敗れて入山し、歩兵軍で活躍。李逵(りき)や鮑旭(ほうきょく)らと組んだ隊形で無敵を誇った。最後は方臘の戦い・睦州戦で力尽きた。
項充となす攻守の双璧
歩兵軍の最強隊形
李袞は、江蘇省徐州市邳州市出身の賊徒。根城の芒碭山で第1頭領の樊瑞、第2頭領の項充(こうじゅう)とともに山賊として暮らしていた。投槍に使う24本の「標槍(ひょうそう)」を背負い、左手に盾「団牌(だんぱい)」を、右手には飛刀を持ち、絶妙の間合いで討つことから、俗信の神「飛天大聖(ひてんたいせい)」の名で呼ばれた。
邳州市のイチョウは四戸鎮白馬寺のものが有名。中には樹齢1500年以上のイチョウも
ある日、勢力拡大を画策していた梁山泊が芒碭山に攻めかかってきた。しかし、樊瑞の道術に加え、李袞と同じく盾と24本の飛刀を使う項充、そして李袞の三位一体となった攻撃で、梁山泊を撃退。しかし、2戦目は軍師・呉用の策に嵌り、敗北を喫した。行き場を失った樊瑞が入山を決めたので、李袞らも彼に従い、仲間に加わる。
入山後は李逵、鮑旭、そして項充と隊を組んで行動。方臘の戦いでは、猪武者の李逵が斧を、鮑旭が刀を振り回し、そして李袞らの盾が彼らの脇を固めて、飛び道具で援護するという隊形で攻める。この戦法であらゆる敵を蹴散、睦州(ぼくしゅう)攻めでは、鮑旭を欠いた形ではあったが、300~400の敵兵を倒していった。しかし、退くことを知らない李逵が敵を深追いしたため陣形が崩れ、李袞は川でつまずいたところに敵軍の矢を浴び、戦死してしまう。歩兵軍の重役を担い、多くの戦功をあげた彼の活躍を、豪傑たちは大いに讃えた。
土山関帝廟。『三国志』の関羽(かんう)を祀る。また、同作品ではこの地で曹操(そうそう)軍と呂布(りょふ)が戦った
李袞の故郷、江蘇省徐州市邳州市。かつては下邳と呼ばれたこの地は、三国時代や、項羽(こうう)と劉邦(りゅうほう)の「楚漢戦争」の戦地であった。〝イチョウの郷〟としても知られ、李袞が倒れた時には、その死を悲しむかのようにイチョウが舞っていたことだろう。
【アクセス】
①上海虹橋空港から空路にて徐州観音国際空港まで約1時間
②上海駅から邳州駅まで、快速列車で約9時間半、硬座98元
~上海ジャピオン2014年1月10日号