陶都・宣興を訪ねる

茶器の聖地・宜興市は上海から車で3時間の距離にある
ここは宋の時代1000年以上、茶器職人たちが土と格闘してきた街
今週は取材班が茶器作りを体験、さらに職人の工房を訪問。その魅力に迫る!


変わり行く陶都
職人は自ずと
丁蜀鎮に集う

  紫砂壷を知っているだろうか? これは「紫砂泥」という特別な泥を使って作る茶器(急須)のことだ。宋代から1000年以上の歴史を持ち、江蘇省宜興市の伝統工芸品として知られている。この茶壷は使うほどにお茶の香りを吸収し、この茶器を通すと味と香りをまろやかにすることで有名。正しく使い込んだものは、お湯を入れただけでもお茶の香りを感じられるようになるとも言われている。
 そのため愛好家やコレクターも多く、有名作家の作品ともなれば、数万元という高値が付けられる。またそうした作品を世に出すため、多くの茶器作家たちが、宜興で日々土と格闘している。
 しかし、そんな茶器の聖地に変化が訪れ、街並みも少しずつ変わっているのだ。陶都は今どうなっているのだろう? それを確かめるため、取材班は宜興に向った。
◇ ◇ ◇


 向った先は、宜興市の中でも南に位置する「丁蜀鎮」。ここは、かつて紫砂泥が良く採れた「黄龍山」の麓にあたる。明代の街並みを残す老街もあり、そこには今なお細い石畳の小道が通る。この一帯には個人で工房を構え作品作りをする茶器職人が集まっている。それにはひとつ理由がある。
かつて宜興にはいくつかの大きな茶器工場があった。これらは、1980年代に香港や台湾で沸き起こった宜興茶壺ブームの際に最盛期を迎える。しかし同時に、採掘のしすぎによって良質な紫砂泥が減ってきたり、粗悪なコピー品が出回わったりといった問題が起こり、ブームも次第に下火に。工場の一部は現在、観光客向けの紫砂壷のショッピングセンターに変わってしまった。そして、行き場をなくした職人は、丁蜀鎮で個人の工房などを構えるようになったという。
 取材班は、丁蜀鎮にて1軒の茶器職人の工房を訪ねた。

道にはみ出すほどに並ぶ陶器

泥まみれで得るもの



平面の急須を
立体に仕上げる
天才作家の製法

 入り口を開けると、「ニーハオ」と声がかり、工房を営む周?偉さんが迎えてくれた。入り口すぐ脇の作業場では、ぶら下がった蛍光灯の下で、工房で働く若い見習いの女性が手を泥まみれにしながら、急須を作る姿がある。
彼女の作業を覗いてみると、まず丸く急須の底を作り、次に叩いて薄く長方形に延ばした土を底の形に合わせて円柱状にくるり巻きつける。そして、はみ出た余分な部分はヘラで素早くそぎ落とし、形を整えていく。周さんによると、この製法は、明代の天才茶器作家・時大彬氏が編み出したもので、現在に至るまで脈々と受け継がれてきた宜興独特の製法だという。
また、驚いたことに彼女は立体模型ではなく、平面の絵の完成図形を見ながら作業を進めていた。例えば、土をこねて、注ぎ口などを作っては絵の上にちょこんとそれを乗せて、大きさや角度を照らし合わせる。合わなければ、少し首を傾げて再び大きさを調整し、ぴったり合えば次の作業に移る。機械なしの完全手作業の世界だ。それでも彼女の隣には、まるで機械が作ったかのように形、艶の同じ急須がいくつも並んでいた。
彼女はこの仕事を始めて1年半。難しそうだね、と声をかけると、「とても我慢のいる仕事だよ」と素朴な笑顔を見せてくれた。
観光地化を始めた市街地とは対照的に、丁蜀鎮の工房では、作家から若者へと昔ながらの製法で茶器作りを伝えているところも多い。


呼吸を止め、
作業を進める
6㍉の急須

 彼女たちに茶器作りを教える周さんは茶壷作家歴24年。かつて雑誌や新聞にも紹介されたことのある作家だ。その名を有名にしたのは、彼の作った直径6㍉の急須だ。
見せてほしい、とお願いすると彼は急須の並ぶ棚から、フィルムケースほどの容器を持ち出す。そして中から、小指の爪ほどの極々小さな急須を大切そうに取り出し、披露してくれた。僅か6㍉ほどだが、蓋もとれ、実際にお茶も入れることのできる精巧な作りになっている。
「作業するときは、ずっと呼吸を止めていたよ。呼吸をするだけで壊れたり歪んだりするからね」。この急須ももちろん、〝時大彬〟の製作技法で、小さな急須の底を作るところから始まる。小さくするためには土を薄くする、薄くすれば当然壊れやすくなる。神経をすり減らすような作業。制作は休み休み行い、完成までに7日間かかったと話す。この他にも工房には、今ではもう採れないという土で作った巨大な茶壷も置かれていた。
周さんは、「人の真似は難しい。自分のオリジナルを作るほうが簡単だね」と、芸術家らしく呟いた。
なお工房では、安いものなら200~300元程度で茶器を購入することもできた。紫砂壷は贋作が多く、いわゆる〝作家もの〟の茶壺の真作は、日本はおろか上海でも入手が難しいとも言われている。こうして作家から直接購入するため、宜興を訪れる人も少なくない。

茶器作りに挑戦する


自分だけの
茶器を作るため
土と向き合う

 宜興市の「善巻風景区」という観光地の中に、自分で茶器を作れるところがある。そこは、大きな鍾乳洞を持つ風景区で、この中にある「陶?」という場所で制作できる。ただし、制作には事前の交渉が必要となるため、誰がいつ行ってもできる、というわけではないという。

この型をふたつ繋げて壺部分を作る


 「陶?」は大きな公民館のような雰囲気だった。茶器を作りたい、とスタッフに告げると、土と茶器を作るための〝型〟を渡された。ここでは職人の手ほどきのもと、土を型にはめ込んで制作する。茶器作りと聞き思わず、悪戦苦闘しながらろくろを回す様子を想像していただけに少し拍子抜けだが、後々ちゃんと使えるものができるのなら、それはそれで作りがいがある。
 まずは土を叩いて薄く平にし、茶器の壷部分の型に埋め込んでいく。次に取っ手、注ぎ口と同じく型にはめ、はみ出た部分をテコで削り落とす。各パーツができたら、壷と注ぎ口に穴を空け、それぞれを泥水で繋ぎ合わせる。最後にフタ部分をくり抜き、これに合わせるフタを完成させて作業終了。

                                                                              注ぎ口に通じる穴をあける


 こうして書くとあっと言う間だが、土と向き合っていた時間は約90分。土のしんとした冷たさを感じたり、土の匂いを嗅いだりするのは、どのくらい振りだろう。
最後にスタッフの方が作った茶器の使い方についてアドバイスをくれた。ひとつの茶器には1種類のお茶を淹れること、茶器がお茶の香りを覚えていくので洗剤を使って洗わないこと、など。陶都で手を土まみれにして作った茶器が送られてきたのは、それから10日後。この生まれたての茶器に今後、どんな香りを覚えさせようか。そう思いつつ、お茶を選びに出かけた。

                                                                               完成した茶器

上海から宜興へのアクセス
上海駅から汽車に乗車し、無錫まで(「???」なら約1時間、「新空快速」なら約1時間半)。さらに、無錫駅からバスまたは車で1時間。上海から高速を通っていく場合、車なら約3時間、大型バスなら3時間半。
※宜興市内は上海のようにタクシーが多くないので、個人で行く場合は事前に移動ルートを抑えておく必要あり

宜興をツアーで巡る


 個人で宜興に行き、茶器作りをすることはできるが、これには中国語を使っての交渉力が必要になってくる。宜興に行ったからには絶対に茶器を作りたい、と思うなら、旅行社の企画する茶器作りツアーを利用するのがベターだ。茶器作りはもちろん、制作後の焼き、発送までをしっかりフォローしてくれる。
 また、宜興市内は上海のように交通が発達していないので、専用車でテキパキと移動できるのも大きなメリットだ。
今回紹介するツアーでは、特集記事内の「丁蜀鎮」の街並み散策や茶器作り体験に加え、宜興陶器博物館の鑑賞も含まれる。自分が制作した茶器で新茶を頂きたい、という人はぜひ参加しよう。

陶器の里 宜興へ
魔法の茶壺を作りに行こう!

<スケジュール>
◆ビューイック号で宜興へ(約3時間弱)
◆到着後、宜興陶器博物館へ。職人たちの作品を鑑賞。
◆古い町並み散策。茶器名家も訪れる。
◆茶器づくり体験(約2時間)。指導員の指導のもと、茶器&湯のみ(ふたつ)を制作。作った茶器は乾燥させて焼いた後、後日ご自宅へ発送。
◆ビューイック号で上海へと戻る

出発日: 毎日(1日1組限定)
料金 680元/人
(4人で参加の場合)
※3人で参加の場合は750元/人、2人で参加の場合は900元/人 
ガイド:日本語ガイド付き
移動: 専用車
その他:上記料金は、車代、ガイド代、各入場チケット代、茶器制作費&発送費を含む

お問い合わせ
日本旅行
TEL: 5208-1713

~上海ジャピオン5月23日発行号より

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