李家荘の忠実なる番人
杜興(とこう)
ゆかりの地 安徽省蕪湖市
あだ名 鬼臉児
職業 情報収集役
宿星 地全星
河北省保定市定州市出身。もとは行商人であったが、流れ着いた先の李家荘で、村長の李応(りおう)に仕え、自宅の会計や家事を担った。祝家荘との戦に巻き込まれ、これを契機に入山。その後、山塞の南山酒店で情報収集役を務めた。
最後まで主に付き従う
すべては恩人救出のため
杜興は河北省保定市定州市出身。行商先で乱暴を働き、牢に入れられたところを、梁山泊牢役人・楊雄(ようゆう)の計らいで救われる。その後、梁山泊付近にあった李家荘という村の村長・李応に気に入られ、李応宅の会計役として働くことに。化け物のような厳つい顔つきをしていたことから、「鬼臉児(きれんじ)」と呼ばれた。
唐代に建立された広済寺は、赭山西山麓に位置する。弥勒像、金剛像のほか、薬師像などを安置している
ある日、杜興は居酒屋で、楊雄に呼び止められる。楊雄は李家荘の隣村、祝家荘で殺人を犯し、仲間を連れ梁山泊に逃げる途中だった。しかし、仲間の1人が捕えられてしまい、逃げるに逃げられないという。かつて楊雄に危機を救われた杜興は、過去の恩に報いようと、李応に働きかけ、仲間を釈放してもらうよう計らう。そして杜興は李応の書いた手紙を持参し、祝家荘に向かうが、梁山泊の一味と疑われ交渉は決裂。結局、梁山泊に救出を頼むことに。
梁山泊と祝家荘との戦が始まり、杜興は戦いに有用な情報を宋江に教え、救出に貢献。ところがその後、杜興と李応は祝家荘の人間と名乗る男らに、捕縛される。梁山泊は戦に勝利し、間もなく宋江が杜興の前に現れ、縄を解いた。梁山泊が2人を仲間に加えるため、祝家荘の人間を装い、捕えたのだ。この戦で行き場を失った杜興と李応は、山塞に身を寄せる。入山後、居酒屋の運営や賓客接待などの裏方を担当。方臘の戦い後は故郷に戻る李応に従い、ともに富豪となり幸福な余生を送った。
赭山公園。海抜84.8mの赭山を囲った公園になっており、蕉湖市一帯を俯瞰することができる。「蕪湖十景」の1つ
杜興が田虎討伐戦で訪れた地、安徽省蕪湖市。市北部に長江が流れるこの地は、2600年の歴史を有する。かつては鳩慈と呼ばれ、同省を代表する稲作地帯として栄えた。後に裕福な生活を送った杜興を見るように、蕉湖市も今日、農業、経済面で大きな発展を遂げている。
【アクセス】
①上海浦東空港から空路にて合肥新橋空港まで約1時間
②上海駅から蕪湖駅まで、快速列車で約6時間半、2等席62.5元
~上海ジャピオン2014年5月16日号