イッツ・ア・ミクロワールド

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 古来、中国では多種多様な趣味の世界を形成してきた。
中でもコオロギを飼う虫遊びは、唐代以来、大人の趣味として流行し、
現代まで、その伝統的遊びは脈々と受け継がれている――。

コオロギを巡る小宇宙
1㌢未満の極小虫を飼育

 現代上海でも、虫たちを懐に忍ばせて街に繰り出し、
その軽やかな鳴き声を、身体から響かせる中年男性をしばしば見かける。
そんな彼らがよく訪れるのが、西蔵南路の「上海万商花鳥魚虫交易市場」だ。
そこには草花や鳥、魚、虫はもちろん、猫やウサギなどのペットを扱う店もひしめく。
ここに夏の終わりから登場し、秋にかけて市場の主役に躍り出るのがコオロギだ。
 コオロギの体長は、成虫で1~4㌢程度。
小指の先ほどの飼育用水入れや餌入れ、幅約6㌢、高さ3㌢のコオロギの寝室「鈴房」などと、
そのグッズもミクロサイズだ。
さらに壷型飼育容器や携帯用のひょうたん、闘争心を引き立てるコオロギ草製の指揮棒…
愛好家は細かな道具を買い揃え、コオロギを巡る、ひとつのミクロコスモスを形成する。
 小宇宙はコオロギの世界だけではない。
他にも「大黄蛉」や、「金蛉子」といった、体長1㌢にも満たない小さな虫が集まり、
店先でその可愛らしい羽根を震わせる。
さらにその極小の虫を愛でるための飼育容器にも細かい装飾が施され、
中国的ミクロの世界は一段と深みを増していく。
 「毎年秋に仲間とコオロギ相撲をして、キリギリスの鳴き声を聞かないと、
生きてるって実感がわかないんだ」
 神経を研ぎ澄ませ、一心不乱にコオロギ選びに励む男性愛好家が発した言葉から、
そのミクロな世界の魔力ともいうべき魅力を感じ取れる。
週末はそんなミクロな趣味の世界を覗きに、花鳥市場に繰り出してみよう。

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 中国のミクロな世界と言われ、すぐに思いつくのは、工芸品の世界かもしれない。
中国では、故宮のような巨大な宮殿を作り、アジアで1番高いテレビ塔を建てるなど、
巨大建造物への畏敬と愛慕の情も深い。
だがそれと同様に、米粒に文字を書いたり、小さな文字でハンコを彫ったり、
ミクロな技を駆使した品々も人々の驚嘆と共感を得ているのだ――。

白亜の洋館に集う職人
極小彫刻に驚嘆必至

 そのミクロ工芸を身近に見られるところが、上海市内中心部にある。
その名も「上海工芸美術博物館」。
築100年以上の白亜の洋館に、中国伝統工芸職人が集う博物館だ。
幅1・5㍍くらいの刺繍用キャンバスに、手刺繍で作られた刺繍画も見応えあるが、
圧巻はなんといっても、中国語で「微雕」と呼ばれる極小彫刻。
同館1階には、5㍉×70㍉のスペースに著名な書家・王羲之の代表作
『十七帖』の約1000文字が彫られた作品や、
直径4㍉の象牙のカケラ上に、山水画を描いた作品など、見た瞬間にため息必至の作品が所狭しと並ぶ。
 「微雕」は実用品に施すこともしばしば。
展示品の中には、象牙製のシガレットパイプの周囲に極小文字で文章を彫り込んだものがある。
じっと眺めていると、麻雀や囲碁をしつつ、
一風変わったパイプを対局相手に見せて楽しむ貴族の姿が目に浮かぶかのようだ。
 ただ、「微雕」職人は、年々減っているそうで、同館で所蔵されている作品の作家は
、既に鬼籍に入っている人や、引退している人がほとんどだという。
現在、「微雕」に従事する職人は同館にはおらず、
「若い子は工芸品作りより、絵画などといった〝純美術(ファインアート)〟を目指す人が多いから…」
と館内係員は残念そうに話す。

絵はガラス玉の内側に
光が突き抜ける茶碗

 同館の「微雕」の作品は、そのほとんどが非売品で、コレクションするのは至難の業だ。
しかし、地下1階には、ミクロな技を使った工芸品が、手頃な価格で売られている。
 香水ボトルみたいな小さいガラス瓶に、L字型の筆でその内側に細かく、色彩豊かな絵を描くガラス細工や、
卵の殻のような薄さに焼かれ、模様の花びらから光が透けて見える茶碗…
職人の技がキラリと光る工芸品が、
50元程度から用意され、手軽にそのミクロな技の世界を手にとって感じられる。
 また1階では、象牙彫りや翡翠彫りを行う職人の作業の様子を、
2階では、刺繍や粘土細工などを真剣な表情で黙々と作る職人の姿を間近で見ることも可能。
職人の魂が、作品に宿る瞬間を見逃せない。

古くから続く試験の不正
ベストにテキスト大量記入

 ミクロな技は、実用的な方向でも発展した反面、悪用もされた。
官吏登用試験・科挙をテーマとした「上海中国科挙博物館」には、カンニング用に、
儒教の経典『四書五経』のテキストをびっしりと書き込んだ、
清代のベストやカンニングペーパーが展示されている。
 ベストに書かれた文字列は、遠目で見るとシャツの模様のようにしか見えない。
近づいてみると、50㌢×55㌢のスペースには、何かしらの文章が書き込まれていることは分かるが、
その内容を読み取るのは、大変のひと言。
過酷な試験に絶対合格するんだという、鬼気迫る受験生の叫びが聞こえてくるようだ。 
 マクロもすごいが、ミクロもすごい中国。
上海に点在する、ミクロな技を駆使した工芸品の数々が、人々の訪れを待っている。

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 ミニチュアとは、スケールモデルとも言われ、実在する、または実在したものを、
ある縮尺に基づいて制作した小型模型のこと。
北京や深センには、世界中の有名建築物を縮小して集めたミニチュアテーマパークもあり、
人々に親しまれている。
上海ではテーマパークこそないものの、博物館や展示館でその一端を垣間見ることが可能だ。

10年後の上海の様子
世界一のジオラマで表現

 至る所で工事が行われ、日々高層ビルが増加している上海。
人民広場にある都市計画展示館「上海城市規劃展示館」では、
2020年の上海の姿をかたどった模型を展示している。
500分の1スケールの市内の様子をどの方向からでも眺められ、
鳥になったかのように上空から俯瞰できるので、気分良い。
 広さ600平方㍍の都市模型は世界一の規模と言われ、一つひとつの建物の形を忠実に再現。
友達や家族と一緒に眺めて、自分たちのマンション探しや勤務地探しをして遊びたい。

ミニチュアの老上海の街
特撮映画も撮影可能?

 「上海城市規劃展示館」の巨大ジオラマは、細部の再現度はそこまで高くない。
それに満足出来ない人は、陸家嘴の東方明珠塔にある「上海歴史陳列館」がオススメ。
同館には、租界時代の「老上海」を細部まで再現した街並みがいくつもあるのだ。
 娯楽施設「大世界」や昔からの繁華街「大馬路」すなわち南京東路など、
日本人にも馴染みのある街並みが広がる。
人の背と同じくらいの高さに作られたミニチュアの建物の中を歩くと、
気分はまるで小人の国に迷い込んだガリバーだ。
ベランダから外を眺める人の表情や、部屋内部の調度品なども緻密に作られ、
ちょっとした人形などを用意すれば、特撮映画が撮れるかも!? 
租界時代に想いを馳せつつ、映画監督気分で、街並みを眺めてはいかがだろう。

紅楼夢に登場する品々
華やかな世界にご招待

 身の回りの日用品をリサイズして再現するのも、ミニチュア世界の醍醐味。
その醍醐味を存分に味わえる博物館が、水郷・七宝にある。
名前は「七宝周氏微雕館」。
前述の「微雕」が見られる展示館だ。
ただここでは、「上海工芸美術館」の「微雕」作品とは少々異なり、
中国の著名な小説『紅楼夢』をテーマにした作品を展示する。
 展示物は、全て『紅楼夢』に登場する物で、食器や机、本に至るまで、
あらゆるものが精巧にミニチュア化されている。
中でも、茶碗や花瓶、果ては肉まんなどの食べ物まで、
計1000個の作品が収納された、横120㌢、縦70㌢の飾り棚は絶品だ。
 繊細な作品に導かれ、『紅楼夢』の華やかな世界に迷い込もう。

究極のミクロ料理
貴族の料理として流行

 『紅楼夢』は貴族の生活を描いた作品ということもあり、彼らの美食についての描写も多い。
登場する料理は、上海一帯の江南料理が中心だ。
同作品中に出てきた料理ではないが、江南には、登場人物が食べてもおかしくない究極の料理が存在する。
約200年前の清の嘉慶帝時代に流行ったとされる、「豆芽塞肉(もやしの肉詰め)」だ。
 作り方は、もやしに空洞を作り、そこに鶏の細切りやハムを入れ込むというもの。
当時の退廃的な貴族趣味が窺い知れる、ミニチュア料理といえるが、
残念ながら余りの手間に、今では見ることも食べることも出来ない。
材料は簡単に手に入るので、「腕に自信アリ」という人は、自ら挑戦するのもいいだろう。
 どっぷりとミクロ・ミニチュアの世界にはまり、上海生活をより一層楽しもう。

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~上海ジャピオン9月3日号より

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