龍擡頭で春の訪れを祝う 雨を降らせる龍の伝説
「龍擡頭(long2 tai2 tou2」は、ほんのりと春の気配を感じる旧暦の2月2日にあたる伝統的な祭日だ。この日は「天で風雨を司る龍が頭をもたげる日」とされ、春の訪れを祝い、
その年の豊作や家族の健康、子どもの健やかな成長を願って様々な行事を行う。
中国では古代から、龍が四海や天地を司り、人々に恵みをもたらすと考えられてきた。龍擡頭は雨風を司る龍がむっくりと頭をもたげて雨を降らせ、木々が芽吹き始める日なのだ。
ではなぜこの日に、龍は目覚めるのだろうか? それには3000年前より伝わる民俗故事がある。
――昔むかし、中国史上唯一の女帝である則天武后が皇帝になり、国号を周と改めた頃。彼女の即位に立腹した天界の神・玉皇大帝は、金星を司る仙人・太白金星を通じて、
四海を司る龍王それぞれに3年間は雨を降らせないよう命を下した。
しかし人々が嘆き悲しみ飢え死んでいく姿を見た天の龍王は、人類が滅んでしまうことを危惧し、命に背いて雨を降らせてしまう。
大帝は激怒し、この龍王を下界の山に閉じ込め「龍王は天の掟を破ったので1000年の罰を受ける。金豆の花が咲かない限り、天へは戻れない」との札を立てた。
困った人々は〝金豆の花〟を探し求めたが、なかなか見つからない。そして翌年の旧暦2月2日、庭で日干ししているトウモロコシの種を見て、金豆に似ている! と思い立った人々は、
一斉にトウモロコシを炒って花を咲かせ、香を焚いてこれを献上した。村中の家に〝金豆の花〟が咲き乱れているのを見た大帝は、しぶしぶ龍王を解放。
かくして龍王は天界に戻り、再び地に雨を降らすようになったのだった。
東の地平線に輝くスピカ 天文学から見た龍擡頭
旧暦2月2日が「龍擡頭」と呼ばれるようになったのは、天文学が関係するとの説もある。古代中国の天文学で用いられた「二十八宿」は、天球を28のエリア(星宿)に分けたもので、
それを4方位7つずつのグループにまとめそれぞれ「東方青龍・北方玄武・西方白虎・南方朱雀」と呼んだ。
そしてちょうど旧暦2月2日を迎える頃、「東方青龍」にある星「角(すぼし・スピカ)」が東の地平線上に現れ、青白く輝くのだ。
この「角」を「龍角」と呼び、龍角が地平線より昇ったことを、龍が頭をもたげる様子に例え、「龍擡頭」という祭日になったという。
春の訪れを喜び、天を司る龍を敬って今年1年の豊作を願う大切な祭日。現代では家族の健康祈願や、ゲンかつぎの意味も込めてこの日を祝う。
では当日はどんな行事が行われるのだろうか? さっそく次のページから紹介しよう。
中国各地・食の風習
龍擡頭には、各地で異なる風習がある。北京の中国式クレープ「春餅」は立春の日にも登場し、春節など春の到来をお祝いする定番の食べもの。
きな粉をまぶし、細長いお餅とあんこを一緒にクルクルと巻いた「驢打滾」は、龍が渦を巻く姿に似ていることから、これを食べ幸福を願う。
温州や上海では、春の仕事始めに今年の健康を祈願する、という意味合いが強いようだ。春に花を咲かせるカラシナが入った「芥菜飯」はビタミン豊富で疲労回復の効果があるとされ、
古来より皮膚病予防の料理としても知られてきた。
ポップコーンは言わずもがな、前述の伝説にある〝金豆花〟を模したもの。中国北部だけでなく、安徽省や広東省など広域で食べられる。
そして興味深いのが南京市。〝龍を食べる〟と称し、この日は「水餃」が龍の〝耳〟、「煎餅」が〝鱗〟、普通の白米ですら〝龍の卵〟に早変わりし、これらを食べてお祝いする。
歌い踊って賑やかに
各地で催される龍擡頭のお祭りは、現地の文化を色濃く反映している。上海では毎年この時期に「崇明〝二月二龍擡頭〟文化旅遊節」が開催され、
龍の舞に歌や踊りと豪華な演出で幕を開け、1カ月ほど続く。
黄河のほとりで行われる「合河古会」は〝奇祭〟と呼ばれる。古代人類の信仰や生命力を表現し、半裸の男性が棟木を担いで練り歩いたり、氷や剣を背負って銅鑼を叩いたりする。
また牛と馬に対し跪き供物を奉げることで、龍への尊敬を示す。
満族は龍擡頭を新年と同じく盛大に祝い、1日がかりで様々な儀式を行う。昨年末に狩ったブタの頭をこの日、家族で食すと運気が上がるという。
一方、草木の灰で地面に二重~三重の円を描き、中央に雑穀を置いて今年の豊作を願う「囲倉」は、全国の農村家庭で行われている。龍擡頭に灰を撒き、香を焚くという習わしは、
春の始まりに倉庫の虫よけをするという、先人の知恵が秘められているのだ。
龍擡頭で頭をさっぱり
国民的行事とも言える、龍擡頭の散髪。自分の髪を龍に見立て、これを切ることによって運気が向上するという。
〝2月2、龍擡頭。孩子大人都剃頭,討箇好彩頭(龍擡頭、大人も子供も髪を切り、幸運を招き寄せよう)〟と言われるとおり、老若男女が髪を切りに訪れる。
「髪を短くしたくない人でも、この日はほんの少しだけ髪を切ったりするのよ」と語るのは、美容師歴12年の梅花さん。春節前と龍擡頭は、1年で最も忙しいと言う。
「最近の若者は龍擡頭を意識しない、なんてニュースもあるけれど、そんなことはないわ。むしろ若い子のほうが、仕事を成功させたい、なんて大きな願いを込めて来ることが多いわね」とのこと。
また理髪に関して、中国北部では〝正月剃頭死舅舅(正月に髪を切ると叔父が死ぬ)〟との俗説があり、春節からこの日まで髪を切らない人が多いそうだ。
~上海ジャピオン2016年2月19日発行号