身のずしりと詰まったほくほくの上海蟹。
その本当の旨さは、紹興酒があって初めて見えてくる。
蟹のシーズンだからこそ、紹興酒を探ってみるのはいかがだろう。
紹興酒なくして
上海蟹を語るべからず
上海蟹を語るなら、旨い紹興酒を知らないと。
そう。両者は切っても切れない絆で結ばれた、最高の相性を誇る名コンビ。例えて言うなら、日本酒とカラスミ、赤ワインとチーズのようなものである。旬の食材というものは、引き立てる最高の酒があってこその真価を発揮するというもの。
では、その上海蟹の旨さを引き立てる名脇役、紹興酒とはいかなるものぞ。原材料は、もち米と麦麹。そして、欠かせないのが?湖の名水だ。?湖とは、真珠の養殖も行われている清らかな湖で、その湖水は甘みを含んでいるのが特徴だ。紹興酒はさらに、蔵元が紹興にあることが条件。それも、認定された特定の蔵元で製造されたものしか「紹興酒」と呼ぶことが出来ない。それでは、そんな紹興酒の極上の逸品とは? というわけで、某日、極上の紹興酒を求めて紹興を訪ねた。
蟹の本場ならまだしも、その脇役の紹興酒のために、紹興まで行くことのできるのは、在住者に許される贅沢というものではなかろうか。
紹興酒の里、紹興へ
誰もが認める名店とは
情報によると、紹興の中で紹興酒と言えば、誰に聞いても老舗「咸享酒店」の名が挙がる。そんなわけで、今回はそこに目的地に定めて出発した。
現地に到着するや、情報を確認すべく方々で聞き込みを実施。まずは観光案内センターで「旨い紹興酒を飲ませてくれる店を探してる」と言うと、間髪入れずに「それなら咸享酒店へ行きなさい」と言い、そこからの行き方を記した小さな紙切れをさっと渡してくれた。予めこんなメモ用意している辺り、やはり「咸享酒店」で間違いはなさそうだ。それからバス・タクシーの運転手、道行く恰幅の良い紳士、土産物屋のおばちゃんなどなど、手当たり次第に訪ね歩いた結果、気持ちいいくらいみんながみんな口を揃えて「それなら咸享酒店へ」と言うのだ。
ちなみに、「咸享酒店」は1894年に、いわゆる居酒屋として紹興で創業。「太雕酒」の名で知られる紹興酒の銘柄は、同店のために作られている地酒で、すべて瓶出しで提供される。また、紹興で生まれ育った文豪魯迅が、自身の作品「孔乙己」の中で、酒に溺れる主人公が通う店として登場させていることでも有名だ。同店の店頭には、その主人公を模った像が飾られているので、訪れる際にはぜひ見てみよう。
名店までの道のり
魯迅が愛した老舗の姿
現地で確たる証拠(?)を押さえたら、後は咸享酒店へ向かうのみ。まずはバスで魯迅路口まで。そこから咸享酒店までの道のりたるや、道路の左側一帯が大規模な工事中。とても紹興酒の有名店に向かっているとは思えないが、それもそのはず。目的地である「咸享酒店」こそが、今まさに改築工事中なのだ。それでも、ちゃんと紹興酒が頂けるので心配は無用。
そうして道なりに進むと、左側に「咸享酒店」の文字が見えてきた。平屋の小さな店構えではあるが、それもまた味というもの。早速店内に入って極上の紹興酒を頂こうじゃないか。同店は、レトロな外観とは一転して、食券カードによる支払い方式を採用している。まずは向かって右側の建物で食券カードを購入。それを持ってメインの建物の注文カウンターで注文しよう。
名店で嗜む紹興酒
漆黒の艶と芳醇なコク
紹興酒は瓶出しの「太雕酒8年陳年」がずらり。これを茶碗に入れて1杯10元で飲ませてくれる。それにしても、見よ、この艶のある漆黒の表面を。口に運ぶと、醤油にも似た香ばしい香りが鼻腔をくすぐる。口に含むと、ふわりと黒糖のような甘みと、まろやかな風味。これが名店「咸享酒店」で100年以上愛されてきた紹興酒の味。外気が吹き込む店内で、秋風に吹かれながらひと口またひと口と、地元人と共にその時間に身を委ねる。片道3時間。それでもこれは、確かに味わう価値のある酒だった。
ただ残念なことは、ここで上海蟹を頂くことはできない。そこで、ここからさらに歩いて、「咸享大酒店」へと向かった。
5ツ星の大酒店で
身の詰まった蟹を頂く
午後の営業は夕方17時からだと言うので、それまで待つことになった。聞くと、ここは名前こそ「咸享」と謳っているが、先で紹介した「咸享酒店」とは系列が異なるということだ。それでもせっかく紹興まで来たことだし、上海蟹と紹興酒を味わうことにした。
オープン後、早速注文。選んだのは、1匹98元の雌の上海蟹と、オススメだという紹興酒「状元紅」(40元/370㍉リットル)。漆黒というよりは、やや薄めの琥珀色をしたその酒は、先ほどいただいたものに比べると口当たりは硬く、甘さもあっさり。
しばらくすると、時間をかけて茹で上げた蟹が出てきた。まずは、甲羅のおしりの方に親指を入れ、一気にめくり上げる。その甲羅に黒酢のタレをたらし、蟹ミソを解いてひと口。酸っぱさと蟹ミソの甘さが口いっぱいに広がる。もちろん、紹興酒を注いでも乙な味わい。さぁ、たっぷり堪能したら、次は裏返して腹の部分をめくる。剥がれたら、蟹を中央から縦に二分しよう。ここまで来ると、腹に収まった蟹ミソがたっぷり顔を出す。直接口をつけてチュパチュパとしゃぶりつつ、酒をチビチビと口に運ぶ。かすかな酒の甘みが、蟹のコクを上手く引き立てるのが良くわかる。口は常に蟹か酒をすすっている状態で、とにかく忙しい。「蟹を食べているときは誰もが静か」とは良く言ったものだ。
時々箸で身を突付きながら味わい尽くしたら、次は足。一本ずつ再びチュウチュウと吸い付くように愉しもう。
酒はあくまでもチビチビと。これが紹興酒と上海蟹の愉しみ方なのだ。そんな旨い紹興酒と今が旬の上海蟹を市内でも気軽に味わえたら…。そんな声に応えてくれる店が、この上海にある。「咸享酒店」の直営店、魯迅公園近くにある「咸享酒店虹口店」と、日本人オーナーが経営する本格紹興酒居酒屋「妃香酒館」だ。本格的な紹興酒を片手に味わう上海蟹は、一度試したらもう戻れない。そんな両店舗の詳細は下記で紹介しよう。
市内の特薦「紹興酒」レストラン
妃香酒館
上海で紹興酒居酒屋と言えば、日本人の間で口コミで評判の「妃香酒館」がある。元々は南京西路にあったのだが、現在は場所を凱旋路に変えて営業中。
瓶出ししか扱わないというこだわりと、リーズナブルさ、さらに思わず長居したくなる居心地の良さが人気の秘密。紹興酒は花雕5年陳(28元)や同10年(48元)など全4種。
上海蟹と飲むならやや辛口の5年、紹興酒だけを愉しむなら熟成されたコクと甘みの10年がオススメ。同店の大瀬総経理のお気に入りの愉しみ方は、蟹の甲羅を杯にすること。蟹ミソが上手い具合に解けて、たまらないのだとか。
深夜2時まで営業しているのも嬉しい。上海蟹料理は姿蒸しのみだが、中には夜の便で上海に到着して、そのまま同店に足を運ぶ人もいるほど、定評のある味わいだ。
咸享酒店虹口店
実は市内に「咸享酒店」と名の付くレストランは他にもある。しかし、紹興の老舗の系列店は市内でここだけ。
2001年11月にオープンし、全席400を備える同店。今では観光バスが乗りつけるほどの有名スポットになっている。オススメは、様々な蟹が1度に楽しめる「鮮蟹満台香」(時価)。数種の蟹と、紹興の郷土料理である臭豆腐を一緒に煮たもの。ほかに、「酔蟹」(18元/匹)は、生きたままの上海蟹を紹興酒に漬け込んだもので、火を通さず生で頂く。
10月25日(土)から、雄と雌一匹ずつと、12年陳太雕王(38元/500㍉リットル)をセットで100元の特別メニューも登場。
紹興出身の石萌総経理は「どうか手づかみで食べて下さい。それが一番美味しい食べ方です」と人懐っこい笑顔を浮かべながら話してくれた。
~ジャピオン10月24日発行号より