珍味奮闘記①

珍味主義


食えばわかる 食わなきゃわからない ボブ小山

 「虫を食べに行きませんか?」
という電話を編集部のKから受けた。
これまでに東京という美食の街や旅した国々で、一通りのモノを食べてきたこともあり、この頃ちょっとした「食通」気分になっていたのだ。もうフレンチ、イタリアン、エスニックなんでもこい。ある時は、環状線沿いのラーメン屋を食べたおし、「俺は味のわかる男だぜ」なんて周囲にちらつかせてきた。しかしですよ、虫を食べることになるとは。

子どもの頃、信州の爺さんの家で、いなごの佃煮を見て、おののいて以来、ぼくはそういった類は口にしていない。だが、知人から「ヘビを食べた」「ワニを食べた」といった話を、さも武勇伝のごとく聞かされたとき、どこかで敗北感を覚えたのも事実。男とはそういうものなのだ。たとえば、インフルエンザが流行っているとして、「昨日、熱が39度出て寝込んでいた」なんて話がでたら、女は「私もこの前そうだったの」と同調するのに対し、男は「俺なんて40度出たし」と言って無駄に対抗してしまう――悲しいけど、そういう生き物ものだと思うのです。
まぁいいや。なんだか、『虫を食べた』なんてステータスも結構誇れるような気がしてきたし、幸い今回はKとも一緒で、ひとりで食べるわけでもない。ピンチはチャンス! わあわあきゃーきゃー言いながら、エイッと勢いで口に入れ、何が何でも飲み込んでしまえ――などと、あれこれ考えたすえ、この誘いに乗ってみることにした。

待ち合わせは、軌道交通3号線の中潭路駅近くの雲南料理店「俸家村大酒店」。到着すると、すでに編集部のKが屈託のない笑顔で待ち構えていた。
民族衣装の店員に迎えられ席に着いた。店内中央のステージでは民族舞踊が行われていた。が、Kはそんな踊りには見向きもせず、「昆虫昆虫…」と呟きながら、メニューをめくっている。アリクイかアルマジロといった類の小動物系の憑き物にでもつかれたのだろうか。そして『昆虫彩拼』という料理を注文した。
間もなく、サソリ、アリ、竹虫、地参(人参の一種)が大皿にのって出てきた。虫たちは「やめられない止まらない♪」とでも言いたげな、スナック菓子を思わせる香ばしい匂いで嗅覚から誘惑してくる。しかし、見た目が見た目だけに、どうにも箸が動かない。むしろ、こちらもその手には乗らねぇよ、といったところなのだ。もう脳が完全に防御体制に入ってしまった。ドント・イート・ザ・ムシ状態である。

サソリを巡る攻防

 そこでKが口を開いた。「なんかイイ匂いっスね」何!? ストーップ! お前は何もわかっちゃいない。これは罠だ。
自分がもしKのセコンドについていたら、「お前はガードが甘いんだよ!」と説教することだろう。そんな心配をよそに、Kはさっと手を伸ばし、サソリをひとつ摘んで口に入れた。自分があわわあわわ、慌てふためいていると、「うん、不味くはないっスよ。ボブさんも食べて下さい、今日はこれを食べに来たんですから」とKは冷静に言った。そうでしたね、目的をすっかり忘れていました。冷静さを失っていたのはぼくの方でした。ここはひとつ防御を解いて、まずはサソリに歩み寄ろうではないか、と決心した。
サソリを摘み上げ、勢いでエイッと口に入れる。ガリッっと噛むと、なんだか香ばしい味がする。「うん、香ばしいね。不味くはない」「ですよね、香ばしいっスよね」それにしても、気づいたら先程からふたりとも「不味くない」と「香ばしい」しか感想を言っていない。一応お互い「食」について仕事をするプロなんだから、しっかり味を解析しようぜ! ということになり、もっと丁寧に味わうことにした。
ひとつ口に入れては宙を見つめ、ゆっくりと咀嚼し、そしてまたあやしく宙を見つめる。そして我々の入念なテイスティングが導き出した答えはこう。サソリの足の部分は、似たような殻をもつエビに近い。匂いの効力も加味するとエビセンと言った方が的確かもしれない。ボディの部分はししゃものオス。旨みの中にほんのり内臓系の苦味がある。ここまでわかると箸も快調に動く。人間の慣れって怖いですね。
ついでに他の虫について触れておくと、アリはそれ自体に味がほとんどなかった。だが、アリはビタミン、ミネラルを豊富に含む栄養食品として、中国では古来より重宝されているらしい。日本にも「アリのふりかけ」なんてものがありますし。最後に竹虫。こいつは口に入れ一噛みすると、なんだか、「もわっ」と匂いのような味のような不思議なものが、口に広がる。油で揚げてあるので食感はサクサクなのだが、この「もわっ」のせいで好き嫌いが分かれるはず。地参は虫じゃないので割愛します。
一通り食べると、ある種の達成感から余裕も出て饒舌になってきた。「文化が違えば珍味も違う。でも、どんな珍味でも食べられるには、食べられる訳があるのよ。それを食べもせず、うわぁ~みたいな目で拒絶するのはどうかと思うよ。実際食べている人たちがいるわけだから。食べてみなきゃわかんないだろっての」と、分けもなく鼻息が荒い。「そうっスよね。良かった、いや実はもう一カ所行きたいところがあって。七宝っていう所なんですねどね、そこの小吃にはブタの鼻の輪切りとか~」
「え!?…」
「いつ行きましょう?」すぐ調子に乗っちゃうところが欠点なのだ。

珍味紹介

ところ変われば食も変わる。一見、後ずさりしてしまいそうな食材も、その土地古来の文化が息づいていたり、理にかなっている食べ物だったりするのだ。

蝎子(サソリ)
節足動物/鋏角類
エビの香ばしさと、ししゃものほろ苦さを併せ持つ。滋養強壮に効果あり。

螞蟻(アリ)
節足動物/昆虫/アリ科
ビタミン、ミネラルをバランスよく含んだ栄養食品。薬膳料理に使われることもある。

竹虫
節足動物/昆虫/メイガ科
「タケツトガ」という蛾の幼虫。天然のタンパク質が豊富な美容食。

蛇(ヘビ)
爬虫類/ヘビ類
滋養強壮、疲労回復に効くスタミナ食品。鶏肉のような食感でクセがなく淡白。

海参(ナマコ)
棘皮動物/ナマコ類
ビタミンやミネラルを多く含むほか、便秘の改善や利尿効果もある。食感はコリコリ。

豚鼻子(ブタの鼻)

哺乳類/偶蹄類/イノシシ科
5元/個。コラーゲンの塊であり、美肌、美白、保湿に優れた効果を発揮する。

~上海ジャピオン11月10日発行号より

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