ふたりで泰康路~田子坊~①

上海アートの拠点のひとつ泰康路―「田子坊」
独特の魅力が詰まったスポットを一組の夫婦がめぐるある夕暮れ時の物語


―Prolog――――――――――――――――――――――――――――― 
上海の伝統的な「石庫門」建築を利用した人気スポットは新天地だけではない。
よりディープな雰囲気を残し、よりアートに重点を置いた泰康路・田子坊も面白い。
今回はその田子坊で、週末デートを楽しむ一組のある駐在員夫婦の物語。
ふたりの一日に田子坊の魅力がたっぷり詰まっている。
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第一章

ふたりのデートもあとわずか

「もうすぐ田子坊に着くね」
 瑞金路から泰康路の角を曲がったところで、隣にいる夫・ユウがそう言った。
泰康路に入って急に増えた画廊などの中を覗きながら、私は答える。
「うん、アートの道っぽくなってきたね」
 そしてふと、ふたりでのこんな一日の大切さをかみ締めた。
私の妊娠が分かったのはつい先月のこと。上海に来てそろそろ半年、やっと慣れてきたと思っていた矢先のことだった。夫の予想以上の喜びに私もとてもうれしかったが、その一方で私は密かに、最後になるふたりでの日々がとても貴重に思えてきた。だから週末はふたりでいろんなところに出かけよう、と決めると、ユウもよほど疲れているとき以外は私の気持ちを分かってくれる。
 そうしてこの週末は、ふたりで泰康路の田子坊にやってきたのだ。ここは、ローカルな空気とアートの匂いがミックスされた不思議な空間と評判のスポット。
アートはとても好きなので、友人から田子坊のことを聞いたときから、是非行ってみたいと思っていた。「ひっそりとした夜のムードもいい」と聞いたので、今日は夕方から夜までゆっくりしようと、張り切ってやってきた。
 泰康路から「田子坊」と大きく印された入り口の小道を入ったのがちょうど5時ごろ。右側の赤い壁のアクセサリ屋さんがなんかおしゃれ!
「確かにいい雰囲気だね」
と夫に話しかけながらさらに奥へと入っていくと、左手に広場が見えてきた。広場全体がオープンカフェのようで西洋人が談笑している。
 私はその隣にある、インドっぽいお店に惹かれていた。

第二章

気さくな欧米人とともに

「Joma Arts」というその店に入ってみると、エキゾチックなムードに満ちていた。「チベットとネパールのものを中心に置いてます」という店員の女の人も、店の雰囲気に合った浅黒い肌が美しい。重厚な銀のアクセサリやカラフルな布に眼を奪われた。
 その店から裏に抜けると、さらに迷路のような小道が続いている。ベンチで一休みするラテン風の年配カップルの横を通り過ぎた先で見つけたのが「SQ DECOR」という食器や蝋燭が売っているお店だ。中に入ると、店員さんが「こんにちは」と、日本語で話しかけてきてくれた!
 聞くと、彼女はデザイナーの李さん。日本に留学経験を持つ韓国人で、この店のものはすべて彼女の作品だ。シンプルでヴィヴィッドなデザインが、美しくてかわいい。中でも、漢字などを使った中国らしいデザインの蝋燭が印象に残った。聞くと、ポートマン・リッツカールトンホテルでも使われているという。
「宮本亜門さんも私の作品を気に入ってくださって、雑誌に紹介してくれたんです」そう言って笑う李さんと話しているうちに、田子坊の独特のムードがだんだんと自分にも溶け込んでくるような気がした。
  李さんと別れ、その斜め向かいのお店を覗くと、店内が青く、まるで海の中のようだった。今度は夫が言った。
「ちょっとここ入ってみようよ!」
「紐子」という名のそのお店には、ニュージーランド(以下NZ)から輸入した家具や絵や雑貨が置いてあった。特に、木の覆いで包まれた大きなライトは、とてもナチュラルで柔らかなテイストを持っていて、この店ののんびりとした空気を演出している。

 家にこんなのがあったらかわいいな、と考えていると、「これは、NZの著名なデザイナーの作品なんです。植物など自然にあるものの形をヒントに作られています」と、背の高い男性スタッフが教えてくれた。彼はこの店の女性オーナーの弟で、NZ出身なのだという。夫が久々に使う怪しげな英語を、彼は優しく聞いてくれている。この店にあった穏やかそうな人柄に好感が持てた。「田子坊って、外国人の開いている店が多いんだね」
 英会話を終え、少し満足げに夫がそう言った。確かにそうみたい。それになぜか感じのいい人が多くて、ほっとさせてくれる。彼らの自由なライフスタイルのせいなのか、また、古い住宅そのままのここの造りがどこかほっとさせてくれるからなのか…。いずれにしても、とにかく居心地がいい。

第三章

田子坊、もうひとつの顔 

  さて、そうこうしているうちに1時間以上が経ち、お腹も減ってきたので、先ほどの広場のカフェ「Kommune(公社珈琲?)」に向かった。自慢の料理はラザニアということだったので、それを頼んでみると、確かに美味しい! トマトソースがしっかりと染み込んだお肉と、きれいに焼きあがったチーズは最高の組み合わせだ。食後には、とても大きくリッチなダブルカプチーノをふたりでシェアして大満足。
さらにうれしかったのは、オーナーのピーターさんと楽しいひとときを過ごせたこと! いかにもスペイン人という陽気で気さくな人柄で、話はいつまでも止まらなかった。私は英語も中国語も勉強中なのだけど、夫は両方ともなんとか話せるので、彼とのおしゃべりをひとしきり楽しんでいた。いいな、と思いつつ、聞き取れる単語のスペリングなどを頭で考えながら、上海らしいインターナショナルな夜に浸っていた。

 カフェを出るともうすっかり夜。店を囲む小道はすでにライトアップされていた。光の数はそれほど多くはないが、お店の中から漏れる色とりどりの明かりと組み合わさって、田子坊は、昼間とは別の妖艶な顔を見せてくれた。
 ここも昔はもちろん外国人などいなくて、無数にある上海の小区の一つでしかなかったはず。その当時の建物を活かしながら、こんなにも華やかな彩りと豊かな国際色を持つ空間に生まれ変わったことに、私は歴史の不思議さや人間の営みの面白さを感じていた。

~上海ジャピオン3月23日発行号より

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