失われた時代を留める
「そこに描かれている全てが、生活そのものだった――。
私が若かりし頃、心に焼き付けてきた光景だ」
そう力強く話すのは、約1世紀にわたって上海の昨今を見つめてきた老画家・賀友直氏(87)だ。
賀氏は戦後、30歳の時に本格的に絵を始め、後に上海人民美術出版社に入社。百部を超える連環画(中国漫画)に携わり、その作品は全国的にも高く評価され、一世を風靡した。
そんな老画家が80歳を目前にした時、自身が見聞きし、経歴してきた半世紀前の上海を作品に残すことを決心する。
そして、当時の社会を反映する多岐に渡る90の業種、人々の豊かな表情とその生き様までが描き出された画文集「賀友直画三百六十行」を2004年に出版した。
『大餅油条粢飯豆腐漿』は、上海庶民にとって最も人気ある朝食スタイルを描いた作品だ。
「当時は黄金色の〝大餅〟にまんべんなくゴマがまぶされ、〝油条〟はパリパリに揚げた香ばしさがたまらない。
毎朝食べても飽きないものだった」といったことが賀氏の口調で記されている。
このほかにも、当時の厨房、浴場や酒屋、包丁研ぎ師、芸者、髪結い師などなど…。
そこには、現代社会では失われた場面が、老画家による「線の芸術」で蘇る。
「今の若者が知らない時代の上海下町文化を伝えるのはもちろん、これを上海で暮らしてきた人々は自身の思い出と重ねることだろう」
老画家は今日もその線に魂を込める。
太和工坊
泰康路210弄3号楼112室
TEL: 6473-0795
農村から都市へ
「上海という大都市は、ますます発展を遂げていくようにみえる。
けれども、人と人の関係はそれに伴って距離ができ冷えていく。
私は大都市をもっと、暖かく表現したい。
上海の古い路地裏〝弄堂〟のような人と人の密接な関係を呼び起こしたい」と熱く語るのは、心象的な作品が多い画家・柳岸氏(58)だ。
北方の農村に生まれ、ハルピンの大学で数十年にわたって教鞭を執った後に来海。
「上海という街は希望に満ちている。
リズムが速く、外来の新しい物事に接するチャンスも多くて非常に魅力的に感じる」
柳氏のこれまでの代表作には、農村で過ごした子ども時代の記憶をもとに描いたシリーズ『童年夢囈』だ。
草原を駆ける少年少女の幻想的な風景は、多くの人々の心に共鳴を呼び起こしてきた。
『泰康路211弄』は柳氏が毎日出入りする弄堂を、心に焼き付けて描いた作品だ。
慣れ親しんだ光景に行き交う観光客が見事溶け込み、調和している。
今後は都市シリーズを描きたい、と話す柳氏。
「私自身が農村から街へ、街から大都市へと移り住んだように、作品も幼少の思い出から都市の現実と理想へと、対象が変わりつつあるのだろう。
アーティストも作品も変わり続けていくべきだ。
天と地、人と自然が調和の取れた〝老子哲学〟の視点で、都市を表現できたら…」
上海という大都市をテーマに、調和が取れた無限の空間を描き出そうと、真剣な眼差しで理想の色彩を追い続ける。
柳岸芸術
泰康路210弄5号楼303室
TEL:6255-9044/138-1716-6076
昨今の上海を見つめて
「この建物は今もあるよ」と指差しなが微笑むのは画家・周思康氏(45)。
こじんまりとしたアトリエを覗き込めば、セピア色の「30年代バンド」やレトロなトロリーバスが走る「20年代の南京東路」が視界に飛び込む。
一方、現代の高層ビルが林立する上海の上空を車が飛び交うユニークな油絵も並ぶ。
先祖が上海の人だった周氏にとって、上海の街には、自身の歴史を辿るような特別な思いがあるという。
古きよき上海を描く時は「コテ」を使う。
当時の写真や資料を参考にしながら、ニ三十年代の街並みに思いを寄せ、絵筆の替わりとなるコテを動かす。
「コテを使って木版に焼き付ける色合いは、ノスタルジックなオールド上海を表現するのにとてもマッチしているんだ。
『烙絵(コテ絵)』は古くは漢の時代に始まる絵画技法の一種。
昔はコテを火で暖めながら使ったけど、今は電気コテがあるから、現代科学の便利さを体感するよ。
上海の弄堂もテーマにしてみたい、古くて暖かい風情を醸し出すのにコテが描き出す質感がよく合うから」
今の上海については、「やはり溢れるパワーを感じる。
その分プレッシャーも大きいでしょ?
渋滞は大都市のストレスを表現していて、そこからフワーッと抜け出して空を飛べたらなんて気持ちいいか」と現代の街を描いた油絵を見つめる。
オールド上海を忠実に再現した「コテ絵」と架空の現代を表現した油絵。
対照的な2つの画風から、周氏の上海への情熱が溢れる。
泰康路210弄5号楼301室
TEL: 158-2137-3281
色彩を閉じ込めて
「初めて上海を訪れたのは、1996年。
美術大学在学中の写生旅行だった。
世界の全てが新しく特別に感じられて、一気に魅了された」
陜西省出身の画家・劉玖通氏(32)は穏やかに語る。
中国内陸部の乾いた土地で育ったから、南方の水郷や海辺の街には強い好奇心と憧れを抱いていたという。
そして上海や周辺の水郷の風景をテーマとした作品を次々に発表していく。
白と黒を主調としたその作品は、東洋の伝統水墨世界にも通じるような境地が表現されている。
見覚えある建物や道端に佇む人が朦朧と描かれた画面は、具象でありながら抽象的。
自ずと大らかな気迫を感じさせる。
また、グレーの下地に真っ赤に描かれた外灘が印象的な『紅色心情』シリーズもある。
白黒の色調以外の試みは、自身の創作において色彩感覚を常に鋭く保つ工夫でもあるという。
「歴史を感じさせるような古い弄堂をスケッチすることで、モチーフへの理解を深める。
また、昔の映画やドキュメンタリーからもよくインスピレーションを受ける。そして、心行くままに画面に現れる感覚はすごく大事だ。
第一印象と自然な成り行きに従って描き進める」
絵の風景が、記憶の街角と重なる。
色彩をその奥側に閉じ込めたような作品の中からは、力強さと同時に柔軟で瑞々しい中国文化の韻が漂ってくる。
「上海の風景を描くのは今後のテーマであり続ける、もっと感覚的に描きたい」若き画家は静かに語る。
泰康路210弄5号楼102室
TEL:6466-5061/137-9528-7964
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~上海ジャピオン3月13日号より