国慶節の旅 悠久の歴史が生んだ浪漫の数々①

巨壁を築いた王

写真提供:Imiland

 日本がようやく縄文から弥生に移り変わる時代、中国を統一し、人類史上最大の建造物の建設に着手した男がいた。

 王は考えていた。「これまで覇を争った国の君主たちは、皆『王』を名乗っていた。奴らをひれ伏し、その上にたった今、再び『王』を名乗るわけにはいかんだろう」。声を荒げる王に対し、大臣の王綰らは言った。「このような大業は前代例がありません。古より最高位とされた『泰皇』がふさわしいかと思います」
 王は決めた。「それでは『泰皇』の泰を去り、太古に使われた帝号を加え、『皇帝』としよう。そして後世は二世三世と数え、万世に至るまで我が偉業を伝えよう」と。紀元前221年、中国史上初の統一王朝の王となった男は、自らを「始皇帝」と称した。

 七国が覇を争う戦国時代、人質の子として生まれた男は、38歳にして史上初と成る中国統一を成し遂げたのだった。始皇帝は非常に頭が切れた。政治の実権を握ると、全国で度量衡(物の単位)、貨幣、文字の統一を行い、経済や文化面で中国をひとつにまとめ上げた。だが、彼は人間不信だった。人質時代に受けた虐待の影響だろう。部下それぞれにスパイをつけ、さらにそのスパイにスパイをつけた。「人は裏切るもの」。そんな思いがあったのかもしれない。自分の居場所さえ他人に知らせず、知らせた人物はその場で死刑にした。

 
 始皇帝は自らの権力の誇示するものを次々と各地に建造した。その代表が万里の長城である。彼は戦国時代に各国国境に造られた防壁を撤去した。しかし、例外があった。中国の北方に築かれた防壁は残すばかりでなく、農民や捕虜、罪人などを使って、点在していたそれをひとつに繋ぎ合わせた。さらに、新築や補強を行って、より強固なものにしたのだ。それは山を抜け砂漠や草原を走り、長さは約数千キロにも及んだ。すべては北方の騎馬民族の襲来に備えるためである。

 その壁を乗り越える人物が現れるのは、それから約1300年後のことである。名はモンゴル帝国の支配者となったチンギス・ハン。人類史上最大の建造物を乗り越えた男は、人類史上最大の帝国を築くのだった。

万里の長城
紀元前7世紀から、2000年以上に渡り造成を重ねてきた巨大な壁。全長約6000キロ、中国北西の甘粛省の嘉峪関から、北東の河北省の山海関まで延びている。現存するものの大部分は、「元(モンゴル帝国)」を退けた「明」が、モンゴル族の再侵入を恐れて再建したもの。1987年世界文化遺産に登録された。北京市にある「八達嶺」が、交通の便の良さから、長城の観光スポットとして人気が高い。

アクセス
北京市にある万里の長城の観光スポット「八達嶺」へは、上海から飛行機で約2時間。航空チケットの相場は片道1240元(税込み)程度。市内から車で約1時間半。入場料は40元。ツアーに参加する場合は、一般的に旅程に組み込まれている。最近では、周囲にスターバックス、ケンタッキーフライドチキンができるなど観光地化が進んでいる。

~上海ジャピオン8月18日発行号より

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