まるで鉄腕アトムの世界。そんな近未来の街並みを髣髴とさせる上海。
斬新とも奇抜とも映る建築デザインに込められた思いとは一体――?
設計を担当した建築士をはじめ、風水師、日本人一級建築士、それぞれの視点で見てみよう。
言葉を象る
「天は丸く、大地は四角い」という中国独特の宇宙観を表現した成語「天円地方」。人民広場にある上海博物館は、この成語を基にデザインされた。
◇ ◇ ◇
設計に当たった上海現代建築設計グループの代表建築士である?同和氏は、当時を振り返ってこう話す。
「『天円地方』にこだわったのは、この博物館が中国の歴史的な作品を展示する古代博物館だからです」
古代博物館と天円地方。その両者の繋がりは、成語に込められたもうひとつの意味にある。「悠久の時」――つまり、4千年とも5千年とも言われるこの国の歴史のことだ。青銅器、陶磁器、書画。博物館に並ぶそれら一つひとつが見てきたこの国の歴史を、大きなひとつの流れとして呈示する。それを表現したのが、他でもない博物館の形そのものなのだ。
(右)上海博物館写真下は、?氏による手書きの設計図。書き直しに書き直しを重ね、最終的には長さ10メートルにも及んだ。
「とは言え、『天円地方』というのは、歴史的建造物では良く見られる中国の伝統的な建築モチーフなんです。北京の天壇公園とかね。ただ私は、その理念は継承しつつも、全く新しい形で表現したかった。その方が上海らしいですからね」
租界時代を経て、「古今中外」、つまり古きと新しき、中国文化と西洋文化が混ざり合う上海。?氏曰く、新しいものや異文化に対して寛容なのが上海の良さ。他都市では実現し得ない奇抜さや斬新さを表現できる場所だからこそ、「どこにもない上海らしい博物館」にしたかったという。
「上海博物館」
落成:1996年
中国屈指の大きさを誇る巨大博物館。「見る人の気持ちを尊重したい」との思いから、
一般的な博物館と違い、敢えて「順路」を設けず自由に見て回れるように創られている。
同博物館のデザインにはこのほか、「青銅器を模しているらしい」といううわさも。
「ははは。確かに良く聞かれますね。しかし、博物館の形はあくまで『天円地方』であって、青銅器は意識していません」
青銅器を連想させるのは、上部四方にある「取っ手」のようなもの。しかしこれは、東西南北(引いては世界)のいずれにも開かれた門を表現したのだと?氏は最後に教えてくれた。
◇ ◇ ◇
自由な発想を存分に発揮できる上海の建築シーン。
次ページからは、そんな個性的な建築物を、風水師と日本人一級建築士の視点で見ていこう。
?同和(シン・トンフ)
上海現代建築設計グループの代表建築士であると同時に、2010年の世博会の建築設計研究センターの主任を勤める
風水師と建築家の視点
上海建築シーンの今
まず現在の上海建築シーンについて、日本と上海に事務所を構える建築家で一級建築士の佐竹永太郎氏に聞いた。
「国際性と異文化に対する柔軟な姿勢が、上海の建築界における最大の魅力です。また、建築業界が停滞している日本と違い、上海では巨大プロジェクトがいくつも同時進行しています。これは経験の浅い若い建築家にとっても、大きなチャンスであることは間違いありません。実際に、上海で挑戦するデザイナーも増えています」
それともうひとつ、「変化を後押しする行政の柔軟な対応」も日本との大きな違いだと話す。しかしその一方で、奇抜なデザインが氾濫し「まるでアニメキャラクター的建築群」と揶揄する意見も。
「建築デザインとは、耳を澄ますこと。都市を把握し、社会的なたたずまいを模索する創造行為です」
そう考える佐竹氏の目に、現在の上海は追い立てられるように他と違うということに固執して、単に目立ちたい一心で形状や装飾に凝っているようにも映る。
「日本では、オリジナル性や心地よさを重視するのに対し、上海では派手さや新奇性が優先される傾向にあるのではないでしょうか」
一方、上海市易経学会の副会長を務める白鶴易人先生は、ノートに大まかな上海地図を書きながらこう話す。
「風水では、東が高く西が低い地形が非常に良いとされています。上海の場合、人民広場を中心に考えて、東の浦東は高層ビルが集中、逆に古北などの西側はあまり高い建物は見られません」
風水を意識した都市計画による結果なのかは定かではないというが、人の手によって徐々に良い地形が形勢されているのを感じると話す。
東方明珠塔
「上海には大きな気の流れがあってね、この東方明珠塔はその気を逃がさない〝鎖〟の役割があるんですよ」
と、白鶴先生。
「また、『東に青龍』という考え方があって、このタワーはまさにこの街にとっての青龍的な存在です。知識や道徳など知的な部分へ良く作用するだけでなく、文化の運気も押し上げてくれるはずですよ」
つまるところ、上海市全体の知的レベルの向上を図るものということのようだ。では佐竹氏はというと――。
「第一印象は模型ですね。エッフェル塔や東京タワーのように創生期の塔は、鉄を用いて線的で隙間が抜けていくような軽やかな構造美があります。それに対し東方明珠塔は、連なった球体が重みを感じさせます」
風水と建築デザイン、いずれにしても上海を象徴するシンボルであることに変わりはない。
「東方明珠塔」
落成:1995年5月1日
世界で3番目、アジアでは最高を誇るその高さは468メートルになる。「468」の末尾が、風水的に縁起の良い「8」になっていることにも注目したい。
倫敦広場
「あーこれ、いい建物ですよ」
中心に穴の空いた倫敦広場に到着した白鶴先生の第一声だ。なんでも、穴が開いていることで後方からの気と前方からの気が交流し、良くないとされる「死気」を作り出さない構造になっているという。では、佐竹氏の意見を聞いてみよう。
「高層建物の圧迫感を減らす効果がありますね。加えて、2棟のビルが空中歩廊で繋がっていると考えると興味深い。地面を歩かずとも空中で他の施設に行くことができる立体的な都市空間、と言ったところですね」
気の流れも良く、さらに空中歩廊のついた空中都市。ここに暮らす人は、きっと快適な生活を送っていることだろう。
「倫敦広場」
落成:2004年
古典的なバロック建築が印象的な27階建てのマンション。施工開始は1994年だが、アジア通貨危機などの影響で一時期工事が停止していた期間も。
JWマリオットホテル
頂上部に鋭い角錐と、そこに配した球体。人民公園エリアでひと際異彩を放っているのが、このJWマリオットホテルだ。
「角錐は、三角に象徴される「火」を意味します。そしてその中の球体は「金」。さらに、細くて長いこの全体の構造は「木」を象徴するものです」
それらを総合して導き出される白鶴先生の意見は以下の通り。
「金は木の生育を妨げるのですが、その金の影響力を火が抑制している。それが、このデザインの相関関係です。結果的に、木は良く育つ。つまり、このホテルの発展を意味していると言えるでしょう」
ならば、最初から金(いわゆる球体)は必要なかったのでは…? それに対しては「これはあくまでも風水的な見地。建築家がどんな意図でデザインしたかは、また別の話です」との答えが返ってきた。
同ホテルの設計を担当したのは、アメリカの著名建築家、ジョン・ポートマン氏。もしかしたら、風水的な意図はあまり含まないのかも知れない。一方で佐竹氏が注目したのは、そのずっと下の部分。
「中腹あたりに、ビルを45度ねじったような箇所ありますね。この構造は、建物の圧迫感を多少和らげる効果があり、(著名建築家の)丹下さんがデザインした東京都庁舎にも見られる手法です」
風水よりも、純粋に建築デザインとして興味深いデザインだ。
「JWマリオットホテル」
落成:2003年10月1日
60階建てで高さ284.6メートルを誇る。設計を手掛けたのは、アメリカのジョン・ポートマン建築事務所のジョン・ポートマン氏。
メトロシティ(美羅城)
巨大な球体が迫り出したその外観で、一度目にすれば絶対に忘れることはないであろう徐家匯のメトロシティ。
「球体が象徴するのはお金です。メトロシティは巨大な商業施設なので、商売が上手くいくうように、球体にしたのかもしれません。また球体には、集客の意味もあります。いずれにしても、商業施設には欠かせない要素ですね」
巨大なガラスの球体は、佐竹氏の目にはこう映る。
「せっかくのドームが生きていないデザインになっているようで残念です」
佐竹氏によれば、メトロシティは「ジオデシックドーム」と言う建築法が用いられているという。具体的には、球体の曲面を三角形や六角形に分割し、それを繰り返すことで安定した球体を形成するものだ。
「少ない部材で構成できる上、強度や剛性に優れたシステムです。軽やかな雰囲気が魅力でもあるので、私なら空にぬけて行くような気持ちよさを感じられるデザインにしますね」
メトロシティの場合は「空」ではなく「北」を向いている。風水的には縁起が良かったのかも知れないが、佐竹氏にとっては、まだまだ改良の余地があるようだ。
「メトロシティ(美羅城)」
落成:1993年
シンガポールBJ建築設計事務所と、上海華東建築設計研究院による共同設計。
1997年には市の「白玉蘭奨」、1998年には国の「魯班奨」の各建築賞を受賞
している。
建設ラッシュが続く上海も、こうして見て行くと実に面白い。
例えば、街全体をギャラリーに見立てると、建築ラッシュの様子はさながら芸術家たちの巨大なアトリエのようにも見えてくる。
博物館を設計した?氏、そして今回コメントを頂いた建築家の佐竹氏、その両者がともに言っていたことがある。
「上海は他都市にくらべ、建築にたいする規制がゆるいのが魅力」
この街には、これからも個性豊かなデザインビルが続々と登場していくに違いない。
~上海ジャピオン2月29日発行号より